その4
「 決 別 の 海 」
ただいまダカート号は、とある港に寄港中。
その港は「花の港」と呼ばれ、たくさんの花のあふれる街だった。郊外には、
どこまでも続く花畑が広がっている。普通、潮風がきつい場所では植物は育ちにくい
のだが、この港にはたくさんの花があふれていた。
「食糧班、帰ったよ!」
たくさんの荷物をかかえたグーリーにビリーにトードを従わせ、ベルがダカート号に
帰ってきた。
甲板掃除中のモンバとアイナが出迎える。
「おかえりッスー!」
「わーーー、お花だーーー!」
アイナは、ベルの持つ花束に気づいた。
「そりゃ、この先は『恋人の海』だからね。買ってきたのさ」
「へぇ〜」
アイナが何か言おうとする前に、すぐにエレナ&ランバート組がダカート号に帰ってきた。
「みんな、ただいまー!!」
「この町はなかなか治安のよいところですね」
エレナは手に持つ花をのぞき、ふふっと笑った。
「花は人の心を優しくするもの。この港町の人はいい人ばかりだったわ。もうしばらく滞在
したいけど……。 どう? もうすぐ出航出来るのかしら?」
エレナの問いに、舵輪でエドガーと打ち合わせ中のドノバンがメインデッキに顔を出した。
「あとはカーティスだけです。あいつが戻ってきたらすぐに出航できます」
「そう、わかったわ!」
「ボスとランバートもお花を買ってきたんだーー」
アイナがエレナの元に駆け寄ってきた。
「えぇ、『恋人の海』だから」
「『恋人の海』ってなんスか?」
掃除の手を休めてモンバが、帆のチェックをするグーリーにたずねた。グーリーは
背伸びをして空を仰ぐと、モンバに向き直った。
「あぁ、この先にそう呼ばれる海があるんだ。別れ別れになった恋人の霊がさまよう
呪われた海で、そこではどんなアツアツカップルも別れてしまうという噂があるんだ」
「……わ、別れる海ッスか?」
恋人同士が結ばれる海を連想するものだが、まったく逆の海だとは!
ガハガハと笑って、グーリーはモンバの背中を叩いた。
「ま、ただの噂だ。 供養のために、花を手向ける習慣があるらしい。それが転じて、
『好きな人がいるなら、この海を通る時は、呪われないよう花を手向けろ』という
ことになったそうだ。 ま、彼氏彼女がいないヤツには関係ないがな」
「これは商売上手な花の港の策なんだナ!!」
財布を握り締めたダイクがため息をつく。
「あ、カーティス。おかえりーーー!」
カーティスが戻ってきたことに一番に気づいたアイナが大きく手を振った。
「すみません、遅くなりました」
「おう、カーティス。遅かったな!」
「どうせ、お前はまた女の子にでも声をかけてたんだろう!」
ドノバンの言葉にカーティスは顔をひきつらせた。
「わー、カーティスもお花を買ってきたんだー」
豪華な花束を手にしたカーティスをからかうように、甲板にいたみんなが集まってきた。
「『恋人の海』だからな」
「お前は泣かせた女も多いだろう」
「そういうキャラだしな」
「呪われないように気をつけろよ」
「は? 御冗談を!」
カーティスは、みんなのヤジをさらりとかわすと、出航準備にとりかかった。
しばらくして、ダカート号は花の港を離れた。
「『恋人の海』か……」
その海域は、何もない普通の海だった。先に通って行った船のものと思われる花束が
いくつも海に浮いていた。
エレナも、その海に港で手に入れた花束を投げ入れた。別れ別れになった恋人たちの
ことを思ったのかもしれないし、兄ピエトロを思い出したのかもしれないし、もしかしたら
特に何も考えなかったのかもしれない。
エレナの投げた花束が海に浮かび、ダカート号後方へと流れていく……。
エレナは隣に立つベルをちらりと見た。彼女はどこかさみしそうだった。
「ベルも思う人がいるの?」
「え? えぇ……私のは叶わぬ恋でしたけどね。思っても、もう届くことはないでしょう」
ふっきれたように、ベルは力強く笑った。……ここはそんな「別れの海」なのかもしれない。
そして、エレナのさらに隣では。
「うぅ……」
あのランバートが、肩を震わせ、思いつめたように海を見つめていた。
「ランバート……?」
「私、今も忘れられない好きな人がいるんです。私が医学生で、医術の勉強中だった頃に
出会った女性でして……。おちゃめで、色白で、かわいくって……ある日突然私の前から
姿を消してしまって、どこにいってしまったのでしょう……。そんなことを思い出してました」
ランバートも、花束を海に投げ入れた。
それぞれの思いを「恋人の海」に寄せて、3人は黙り込み、しばらく海を眺めていた。
一方、海図室では、アイナとモンバがカーティス指導のもと勉強中。
モンバが大きなあくびをしたので、カーティスは容赦なく彼の頭をこついた。
カーティスは、机に2枚の地図を広げていた。1枚は最近買ったものらしい新しい地図と、
そしてもう1枚はかなり古く破れかけたボロボロの地図だった。
アイナとモンバがその地図を覗き込む。海岸線の形がほとんど一緒なので、この2枚の
地図が同じ場所の地図だということが、すぐわかった。
「よし、さっき立ち寄った港はどこになるかわかるか?」
カーティスにそう言われ、2人はそれぞれ地図を指をさした。
「そう、そこだ。 で、そこからまっすぐ南に進んだこのあたりが、ダカート号の現在地だ」
2つの地図に赤い印をそれぞれ置く。
その場所には、名前が記されていた。
「『恋人の海』だね」
地図に記された名前を読み上げるアイナ。
「でも、こっちの地図は、そうは書いてないッス」
モンバの見る古い地図をアイナものぞきこむ。かなり見づらくなっているが、地図には
こう書かれていた。
「『妖精の海』……」
その言葉にアイナとモンバは顔を見合わせた。
「今じゃ『妖精の海』なんて呼ぶヤツは、ほとんどいない。この海域は、大昔に神々が
妖精族を2つにわけたといわれる場所だ」
「”月の掟”……」
アイナが、ガストンから聞いた言葉をつぶやいた。
「そう。花を手向けるのは、別れ別れになった妖精たちがいるということを人間が忘れない
ためにおこなってきたもの。長い年月は残酷なもので、言い伝えがいい加減に変換されて
いつのまにやら『恋人の海』なんて言われるようになったが、悲しいことだな」
3人は甲板に出た。
相変わらずエレナとベルとランバートがメインデッキの手すりにつかまって、海をながめて
いた。
「だから、あそこでたそがれてる3人は、全く見当違いってことだ」
「なんか、悲しいね……」
「本当のことを教えなくていいッスか?」
「別にいいんじゃねーの」
カーティスは、自分が買ってきた花を3等分にわけた。アイナとモンバに手渡し、自分も
海へと投げ入れる。
「──大切なことを忘れていはいけない」
そう言うカーティスは、どこか寂しげだった。
エレナたちの反対側の手すりで、カーティスたちもじっと海を見つめていた。
無事に海域を出た後、医務室にて。
「メル先輩っていうんです。私の青春の人です」
ランバートが、思い人をエレナとベルに自慢していた。
「「へ……へぇ〜……」」
それ以上何も言えない、エレナとベルだった。
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