ぐーきゅるるるる……
(腹減ったなぁ。胃痛が増すし、困ったもんだ)
 海図室で、気圧計とにらめっこしながらカーティスはお腹を押さえた。
 困ったことはさらにあり、伝声管からは、さっきからずーっとドノバンの声が
響き続けている。

「コラー! トードはどこだ!! 船内にいるのはわかってるんだぞ。
 とっとと出て来いーーーーーッ!」

 カーティスは、イライラして、伝声管のフタを閉じた。あたりが静かになり、
心地よい波の音が耳に聞こえてきた。
 カーティスが、部屋のすみっこの棚の影を見つめる。
「こら、トード、船長がご立腹だぞ。私から密告はしないから、自分から出て行け」
 ドノバンから逃げるために隠れていたトードは、ビクッとして体を丸めた。
「慰めてほしいのなら、グーリーやランバートのほうが適任だろう。私じゃなんの
 役にも立たないぞ」
 そ冷たく言うと、カーティスは机の上に地図を広げて仕事を始めた。
「……」
 トードは、何も言わず、じっと座りこんでいる。
 沈黙。
 カーティスが溜息を1つつき、独り言のように話し始めた。
「トイレに行ってる間にモンスターが船倉に忍び込んだんだろう。食糧がやられたのは
 お前1人の責任じゃない。見張りにだって責任はあるだろう」
「でも、オレは船倉を任されてたッ!」
 トードがいまにも泣きそうな大きな声を出した。カーティスが作業の手を止め、
トードを見る。 トードは、すぐにうつむき、小さな声に戻った。
「みんなの食事がなくなったのはオレの責任……」
「明日の夕方には次の港につく。順調に行けば、昼過ぎには到着できるだろう。
 だから大丈夫だ。気にするな」
「……でも、これが1週間や10日以上の航海だったら、オレはみんなをきっと飢え死に
 させていた」
 唇をかみしめるトード。そんな様子に、カーティスは窓の外を見つめた。
「私も……みんなを殺しかけたことがあった」
 カーティスのつぶやきに、トードは顔をあげた。
「ダカート号がハーピエルに襲われたのは、あれは私の責任だ」
 彼は思い出したくないことを口に出し、つらそうに目を伏せた。
「金塊を積んだ商船が近くを通ると聞いて、先回りして待ち伏せしようと、危険だと
 わかっていた航路を選んだ。ハーピエルの噂のある海域だったのに!」
 カーティスはバンッと机を叩いた。
 トードは慌てて弁解に出た。
「でも……あれは、船長もみんな航路に反対しなかったし、カーティス1人の責任じゃ
 ない!」
 そう言いながら、トードは気がついた。
 自分と同じだと。
 カーティスは自嘲的に笑った。
「あれは自分の責任だと今でも思ってる。ボスが来てくれなければ、全滅だった」
「……」
「だから、私は、今は、遠回りでも安全な航路を選ぶようになった。船長とボスはもちろん
 グーリーやおやっさんにも航路の確認はとるし、寄る港では、いろいろまわって近海の
 情報をちゃんと集めるようにしている」
「……カーティスが、立ち寄る港でフラフラ1人で出掛けるのは……」
「ん?」
「『あいつまた女の子に声をかけに行った』って、みんなが言ってる」
 ガクッとカーティスはこけた。
「まぁなぁ、言いたい奴には言わせておけ。でも、あれ以来、私はちゃんと航海士として
 恥ずかしくないように責任を持って仕事をするようになった。だからな、トードも
 失敗をバネにして責任を持って仕事をすればいいんだよ」
「うん……」
 トードが弱々しくうなずき、そして、
「はっくしょい!」
 くしゃみをした。
「……」
「……」
 ズズッと鼻をすするトード。
 カーティスは、バッと気圧計を見た。
 顔真っ青!
「なんで!? なんでこんなに変化してるんだ!?」
 慌てて伝声管に駆け寄り、フタを開ける。
「おやっさん、嵐が来るかも! グーリー、帆をたたんでくれ! エドガー、ビリーも
 気をつけろ!」
 伝声管から「アイアイサー」というビリーの明るい声が聞こえた。
 まもなく、あれだけ晴れていた空が分厚い雲に覆われ、大雨が降ってきた。ものの
数分のたらずである。
「あー、すごいな。海の天気となんとやら、ってやつだ」
 窓の外から海の様子を見たカーティスは、部屋に視線を戻して、トードに笑いかけた。
「ありがとな、トード。お前のくしゃみがなかったら、やばかった。お前の鼻はすごいな」
「……」
 ──ありがとう、って言ってもらえた。
 トードはうなづいた。
 その時!
 海図室に雨にうたれたドノバンが入ってきた。服を叩きながら、水滴を払う。
「ん? あーーーーーーーーッ! トード!! お前、こんなところにいたのか!」
 ドノバンの声に、トードは慌てふためくことなく、頭を下げて、今回の船倉の食糧が
やられたことを謝った。
 ドノバンの反応は意外なものだった。
「別にお前を責めたりしねーよ。ダカート号で起こったことは、すべて俺の責任だ」
 船長の言葉は、トードにとっても、そしてカーティスにとっても重く深いものだった。
 みんな、責任を持ってこの場所にいる。
 船長は特に気にしていない様子で、トードを怒ることもなく、すぐにカーティスに
向き直った。
「おい、雨はどれくらいでやむんだ?」
「そうですね、通り雨のようですし、30分以内には」
「そうか」
 ドノバンは、トードの背中を叩いた。
「よし、雨がやんだら2人で釣りをするぞ。夕飯の魚を釣るんだ、わかったな」
 ドノバンが笑う。
 トードも、笑い、うなづいた。
 ドノバンは、何事もなかったように海図室を通り抜けて船員室に姿を消す。
「カーティス」
 改めてトードは呼んだ。
「ん、なんだ?」
「ありがとう。オレ、頑張るからッ!」
 元気を取り戻したトードは、力強い足取りで海図室を出て行った。



おわり




BACK

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送