第 1 6 話   「 楽 園 の 君 へ 」
─ そ の 4 ─




 ドン・マエストロの指揮棒が止まり、『楽園』の演奏は静かに終了した。
ネコさんたちが楽器を降ろし、オカリナを吹いていたエレナがそっと目を開ける。
隣にいるバファンは険しい表情で横笛を握り締めている。

「おい。で、どーなったんだ!?」

 静まり返ったダーナ神殿内にガミガミ魔王の声が響く。

 エレナが、バファンが、ガミガミ魔王が、ダーナが、永遠の番人が、
ドン・マエストロにオーケストラのネコさんたち、そしてダーナの兵士や
神官、巫女たちがラリスとリリスを見守る。
 手足を伸ばし床に横にさせられたラリスとリリス。
 その手がピクッと動いた。
「ラリス、リリス……?」
 エレナの呼び掛けに、そっと2人が目を開ける。
 ここが何処であるか確認するように辺りを見回しながら、ゆっくり起き上がる。
「あれ、ここって……?」
「私たち、どうしたの……?」
 ラリスとリリスは顔を見合わせうなづく。


「「そう、『楽園』が聞こえたッ!!」」

 
 ガバッ

 ラリスとリリスをエレナは力いっぱい抱きしめた。
 ワッと広間に歓声が上がったッ!!
 バファンは馴染みの兵士と拳を突き合わせて喜び、ガミガミ魔王もズーッと
鼻をすすり、永遠の番人も喜びを隠せずにドン・マエストロに抱きつき、巫女や
神官たち、オーケストラのネコさんたちも笑いあう。
ダーナだけは相変わらずいつも通り威厳たっぷりに鎮座したままだった。
「よかった、本当によかった……」
 みんなの思いは通じたのだ。エレナが2人を抱きしめながら何度も何度も呟く。
「ねーちゃん……?」
「エレナ様……」
 エレナに抱きしめられ、2人は温かさを、脈打つ鼓動を、生きていること
を実感した。ようやく、自分たちが助かったことを理解し始める。
「でも、なんで!? どうして……ボクたち」
「『楽園』よ、光の意思デュオンの力を私とバファンで使ったの。あなた
 たちのおかげよ。きっともう全部使っちゃって無いかもしれないけれど」
 それを聞いたラリスが途端に顔を曇らせ、エレナから離れた。
「それじゃあ、『再生力』を!? ねーちゃんたちの命は……」
 エレナは、目を伏せ首を振った。
「いいのよ、そんなの。あなたたちが戻ってきてくれたから」
「よくないです!」
 エレナの首に抱きつくリリス。
 そんなエレナたちの元へクスクスと笑いながら近づいてきたのは永遠の
番人だった。
「大丈夫よ、安心しなさい。全然たいしたことないわ。確かに『再生力』は寿命を
 犠牲にして発動するけれど、エレナ姫とこの兵士さんが取られた寿命は瞬きする
 ぐらい短い時間分だけよ。こうして時が流れるのが自然なくらいの時間分しか、ね」
「それ、本当……!?」
「本当よ。人間の時間軸とは違う、あなたの竜の血に感謝することね。それから、
 兵士のバファンさん、あなたはダーナに感謝しなさい」
 そう言われ、バファンは他の兵士たちに背中を押されてダーナの前に歩み
出た。闇の世界を司る王を見上げる。
「あなたの命はダーナの命。あなたの寿命は……ダーナの寿命でもあるのよ」
 永遠の番人に言われ、バファンはダーナに頭を下げた。深く長く。
 ダーナは何も語ろうとはせず表情を変えることはない。バファンに何も言わなかった。
そんな様子を見ながらエレナは思う。ダーナもバファンもお互いの気持ちは
言葉にしなくても十分すぎるぐらいわかっているのだろう、と。
 ──たぶん、ダーナは全てを見越していたのだろう。こうなることまで、全て。

 ラリスとリリスの生還の喜びから、広間はようやく落ち着きを取り戻そうとしていた。
 ここは厳粛なる場所。いつまでも騒いでいたらダーナから雷の罰が落ちて
くるかもしれない。
 エレナはうなづいた。
「さぁ、帰りましょう! みんなが待ってるわ!」



「待て」



 低いその声がエレナを止めた。
 闇の王ダーナがようやく口を開いたのだ。
「エレナ……お前はこの闇の世界に残ってもらおう」
「え……?」
 ダーナの言葉にエレナは驚いた。残ってもらうって……?
「それ、どういうことですか!?」
「お前はこの闇の世界で危険な真似をした。氷の魔王を復活させたんだ。上手く
 封印し直せたから良かったものの、1つ間違えばどうなっていたか」
「……ッ」
 エレナは押し黙った。
「その罪を償ってもらおう。この世界で、私の下で働いてもらう。ラリス、リリス、
 ご苦労だった。自分たちの世界へ帰るがいい」
 もちろん納得いくはずがない。慌てて抗議に出る。
「ちょっと待ってください! 私、この世界に残るつもりなんて全然ありません!」
 不安に掻き立てられるエレナの背中を、永遠の番人が笑いながら押した。
「わかんない? つまりはね、ダーナはあなたを気に入ったのよ。側に置いておきた
 いってこと
「はぁ?」
 闇の世界に辿り着いた時、エレナは確かに物事の外にいた。彼女がいなくても
ラリスとリリスは『再生力』を使って闇の世界を救っていただろう。エレナのことなど
最初はいなくてもどうでも良い存在だった。
 だけど、今ではみんなの中心に立ち笑っている。エレナには「人の心」や「運命」を
変える、そんな何かがあった。本人は自覚してないかもしれないが、彼女のカリスマの
高さに勝てる者はそうなかなかいないだろう。それをダーナは認めたのだ。
「オレがここに残ります! だからエレナ姫を帰してやってください」
 バファンがエレナとダーナの間に割って入る。
 沈黙が辺りに流れた。
「では1つ、勝負をしようではないか……」
 やがてダーナは口を開いた。
「勝負……?」
「そう……勝負をしようではないか。私が勝てばお前はここに残る。
 お前が勝てば帰っていい……」
 氷の魔王にも同じように提案された事をふと思い出し、エレナは強張った。
 勝算はどれくらいあるのだろう。でも……やらなくては帰れない! ダーナに勝って、
必ずみんなと一緒に帰るッ!

 エレナは意を決して剣を抜いた。

「わかりました! 私、戦って必ずあなたに勝ちますッ!」
 巨大なダーナの姿に臆することなく、剣を構えるエレナ。
 その隣にバファンが立ち、両刃剣を構える。
「あんた1人じゃどう見込んでも勝てないだろ。オレも戦う!」
「バファン……」
「ボクも戦う! ねーちゃんと一緒に帰りたいもん!」
「私もですッ!」
 ラリスが杖を取り出し、リリスは腰を低くし身構える。
 エレナの背後では、ダーナの兵士たちがそれぞれに武器を構えた。ダーナに
向けて。
「ダーナ様。彼女を帰してやってください。願いが叶えられないのなら、我々も
 あなたと戦います!」
「あー、ヤダヤダ。群れるのは好かんが、最後は線香花火より打ち上げ花火。
 ドッカーンと俺様も派手に暴れてやるかッ!」
 ガミガミ魔王がランドセル全開でミサイル発射態勢に入る。
 
 ──そこにいる全員が、エレナのために。

 閉ざされた瞳の奥で、自分に武器を構える者たちを見つめたダーナは重いため息を
ついた。
「誰が戦闘などという方法で勝負を決めると言ったのだ?」
「へ?」
 ダーナの言葉に全員がキョトンとして武器を降ろす。
「違うの?」
「バッカねぇ。ダーナが本気を出せば、全員、3秒で焼死体よ」
 永遠の番人が可愛らしくあごに人差し指をあて、平気な顔をして残酷なことを言う。
全員がダーナの裁きの雷を思い出し、背筋をゾクッと震わせ、ゴクリと唾を飲んだ。

「って、それじゃあ勝負方法は なんですか?」


「ジャンケンだ」


 ダーナにサラリと言われ、広間にいた全員が全く同じリアクションで固まった。


煤i ̄○ ̄|||



「ここまで来て ジャンケン かよッ!」
「最後の最後でどーゆー神経してんだ」
「そう言うな、あれでも我々の主人だぞ」
 ダーナの兵士間でも声が上がる。
「ダーナ様って、意外なお方なんですね」
 口に手を当ててクスクスと笑うリリス。その隣にいるエレナには笑顔はなかった。
笑顔どころか、サッと血の気がひいて顔は真っ青だ。思わず後ろへよろける。
 思いっきり戦って負けるなら、まだ諦めもつくかもしれない。でも、じゃんけんで
自分の人生が決められてしまうなんて! 絶対に あ り え な い ッ!!
「おいっ!」
 ガミガミ魔王の声にエレナははっと我に返った。
「なによ?」
「お前は120%勝てる。俺様が保証してやろう」
 ガミガミ魔王に手招きされ、エレナは耳を貸した。そっと言われた言葉に
エレナは眉をひそめる。
「本当にそれを出せば勝てるの?」
「俺様を信じろ。お前もアレの威力は知ってるだろう」
「知ってるけれど……。わかったわ、あなたに賭けようじゃないの」
 エレナは天井に向け手を上げた。
 全員がその勝負の行方を見守る。

「ダーナ様、それじゃ行きますよ。 最初はグー。 じゃーんけーん……」





  



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