第 1 6 話   「 楽 園 の 君 へ 」
─ そ の 3 ─




 気が付くと、エレナは闇の中に立っていた。
 見渡す限りに広がる闇。

 自分自身、肉体の方はダーナ神殿で「楽園」を演奏している。彼女の意識は
光となり、懸命にあるものを探していた。
 闇の先に目を凝らす。胸を締め付けられるような、とても嫌な感じがする。
「エレナ姫ッ!」
 その声にエレナは振り返った。いつの間に現われたのだろうか。バファンが
すぐ隣に立っていた。2人になり、エレナに少し安心感が生まれる。彼の体が
ほんのり光っているのを見て、エレナも自分の体を見つめてみた。彼女もバファ
ンとあまり変わらない。闇の中の光、光はどんな形であっても、やっぱり落ち着く
な、とエレナは口元を緩めた。
「この闇の中のどこかにラリスとリリスの魂があるはずなのよね」
 エレナの言葉に、バファンは険しい目で遠くを見つめた。
「そんな悠長なことを言っている場合じゃなさそうだ。行くぞ!」
 バファンの後をエレナは駆け出した。

 闇の中で、全く距離感はつかめないが、かなり進んだところで2人は足を止めた。
 ひときわ濃い、うごめく闇が目の前に広がっている。
 こちらに襲い掛かってくる闇をエレナが剣でなぎ払う。
「なんなの、これ……?」
「闇の意思カオスだ」
 バファンが腰の剣を引き抜き、前方を見据える。
 そこには闇に取り込まれようとしているラリスとリリスの姿があった。眠る2人の体を
闇が包み込んでいく。
「ラリス、リリス!!」
 叫んでも二人は目を覚まさない。そのまま闇の中に引きずり込まれていく。
「闇の意思……」
「ラリスとリリスは今まで光の意思デュオンの力を内に秘めていたんだ。その2人の
 魂を食べて自分の力にしようとしてるんだろう。 ……まぁ、美味くないと思うがな」
「バカ言ってないで、行くわよッ!!」」
 エレナとバファンが剣を構える。
 ──これで必ず終わらせよう。ラリスとリリスを必ず連れて帰る!

 エレナは地面を蹴り、闇の中へと突撃した。







 ──ポポロクロイス城・王家の洞窟にて。
 ピエトロとピノンは薄暗い洞窟を並んで歩いていた。ピエトロの手には元に戻った
知恵の王冠がしっかりと握られている。2人はこれを再び王家の洞窟の宝物庫に
戻しに来たのだ。
「パプッ!」
 ピノンの頭上でおとなしくしていたパプーが、ある気配に気付き身を乗り出した。
「わっ、パプー!?」
「どうしたんだ?」
 眉をひそめるピエトロ。ピノンは動きを止め目を閉じ、遠く耳をすませた。
「ねぇ、お父さん、音楽が聞こえるよ」
「……音楽?」
 ピエトロが警戒し、辺りを伺う。確かにピノンの言ったとおり、どこからか、かすかに
だが音楽が聞こえてきた。聞いたことのない、でも、どこか懐かしい、心を温かくする
メロディーが王家の洞窟内に響いている。
「……!」
 知恵の王冠がかすかに光ったように見えた。彼の目の前を銀色の光が通り
過ぎる。
「エレナ……なのか」
 ピエトロはそのメロディーを聞きながら、今までの出来事の謎が解けたように
腑に落ちた顔でうなづいた。





 ダカート号では、いきなり聞こえてきた音楽にハーピエル来襲かと全員に緊張
が走ったが、そうではないとわかり、全員が甲板に出てその音楽に耳をすませて
いた。海原に、波の音をついでメロディーが流れてくる。
「なんだろね、この曲……」
 見張り台に立ち、海を見つめながら首をかしげるアイナ。その隣にいたモンバ
が呟く。
「なんだろな。まるで……世界が歌っているみたいッス」





「おーい、こんな所にあったぞ」
 白い大地。氷の魔王の城跡にて。
 貸した雪上船と共に消えたエレナたちを探しに来ていた白い村の住人たちが
雪上船を見つけて声を上げた。
「しっかし、お嬢ちゃんたちはいったいどこへ行ったんだ……?」
 辺りを見渡す。
 今日はいつになく天候が穏やかだ。雲の間から差し込んだ太陽の光が雪原を
照らし、銀雪はまばゆいばかりの光を放っている。
 そして人々は誰ともなく空を見上げて、流れてくる音楽に耳を傾ける。





「まったく、うちの魔王サマはいつになったら戻ってくるデフかね?」
 ウッキィ帝国の森の中に建てられたガミガミ魔王城。
 デフロボたちがブツブツ文句を言いながら、剣の山まで出掛けているガミガミ
魔王を待ちつつ、自爆した城の撤収作業に取り掛かっている。
「ウキ、ウッキウキャ−!」
 監視役のサルが手を休めるデフロボの前で暴れだしたので、あわてて
デフロボが止めに入る。
「あー、ダメデフよ。そこにある接着剤は本気と書いてマジと読むぐらい くっつく
 から触らない方がいいデフよーー」
「ウッキャーァァァ!!」
 もめ合う1体と1匹がピタリと止まった。
「ウキ?」
「……音楽デフ。何でフかね?」





 フンバフンバ村。
 ウンガガボッコフンガーの神様の像の前に村長の娘のナルンガは今日も
座り込んでいた。あの日、エレナに破れてからナルンガは習慣のように
神様の像の前にいるようになった。ずっと像を睨み上げ、何かを考えている。
「……」
 どこからともなく聞こえてきた音楽にナルンガは立ち上がる。
「私、神様、あきらめない!!」
 何かを決意したように立ち上がる。彼女の強気な笑顔には今までにない
爽やかさがあった。





「お師匠様ーーー!」
 洗濯物を放り出して慌てて部屋へ飛び込んできたジャンボにラダックはため息を
つき、それからお茶をズズーっとすすった。
「お前は成長したと思ったが、やっぱり相変わらずじゃな」
 落ち着いているラダックに対し、ジャンボは窓の外を指差した。
「お、音楽が聴こえます」
「うむ。この曲は、『楽園』じゃな。世界中に響いておる。なんとも……悲しい曲
 じゃな」
 ラダックの言葉にジャンボは首を傾げ、それから微笑んだ。
「そうですか? 私には悲しそうになんて全然聴こえませんけど」
 なんとなく窓の外を見つめるジャンボ。ラダックは彼の横顔を見つめ、そして
同じように窓の外の景色を眺めた。
「ま、お前がそう思うならそうかもしれんな」





 マイラは自分の星の大地に咲く、小さな花を見つめていた。
「いいんゲスか、マイラ様?」
 見かねてズールが声をかける。
「あら、何がです?」
「上手くいけば闇の世界を抜け出せたゲスのに……。しかも、あんな悪人みたい
 な芝居して」
「ふふふッ、いいのよ。これで」
 マイラは立ち上がり、静寂を取り戻した闇の世界を見渡した。遠くに氷の魔王の
星と、反対に炎の魔王の星が弱々しく輝いている。
「……これで、良かったのよ」
 マイラは自分に言い聞かせるように呟いた。





 天空城・謁見の間で。
 ボリスは1人、その音楽を聴いていた。聴いたことのあるそのメロディーが世界中を
優しく包み込んでいる。
「『楽園』……か」
 何が起こっているのか、彼にはわからなかった。だが、確かなことが1つあった。
 ──帰ってくる。
 いてもたってもいられずボリスは立ち上がった。
 バンッと扉を謁見の間を出る。
 そこではたくさんの城の住人たちがボリスのことを待っていた。こんなに多勢が
自分を待っていてくれたなんて、彼は思っても居なかった。
 ボリスは人々に微笑み、うなづく。
 天空城は再び活気を取り戻していった。






「思い」が「力」になり、世界を光で満たしていく。
 闇の中でエレナは願った。
「このメロディーがどうかあなたたちの心に届きますように」と。







  



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