第0話10
「はじまりの、瞳の扉のその向こう側」





 食堂から甲板に出ると、空はすでに白みかけていた。冷たい空気を胸一杯に
吸い込む。
 ベルは階段を上がると、物見台で見張りを務めているエレナに声をかけた。
「ボスーーー。コーヒーをいれてきましたよーー」
 驚いたエレナがベルを振り返る。
「あら、ベル。ありがとう」


 コーヒーカップを受け取り、エレナは口をつけた。ふぅっと息を吐く。
「朝方は冷えますし、見張りの仕事は大変でしょう?」
「フライヤーヨットで1人で船旅をしていた頃に比べたら、全然平気よ」
「ボスはお強い方ですね」
「ふふ。お世辞を言っても何も出ないわよ。それより、ベル。あなた、ちゃんと眠ったの?」
 ベッドに入らなかったことは、エレナにはお見通しのようだった。ベルは一晩、ずっと
食堂にいたのだ。
「ちょっとウトウトしましたよ。……昔の夢をみていました」
「そう……」
 エレナはそれ以上何も聞かなかった。再びコーヒーを口にし、海を見渡した。
 静かだった。
 ベルもエレナの隣に立ち、海を見つめた。東の空が、海が、暁に染まっていく。

「ボスは……急にいなくなったりなんてしませんよね?」

「え?」
 突拍子ない質問をされ、エレナはベルを見た。ベルは真っ直ぐに遠く海の彼方を見つめた
ままだった。
「そうねぇ……」
 エレナは少し考えてから口を開いた。
「当分はダカート号にお世話になるつもりよ。 でも、人には出会いもあって、別れもある。
 私たちのこの冒険にも終わりはあるわ。でもね、ベル。私はこの場所が好き。出来るだけ
 長くみんなと一緒にいたい」
 それだけでベルは十分だった。
「ありがとうございます、ボス」
「どういたしまして」
 そして2人は笑った。
 そこに流れたさわやかな風がなんとも心地よかった。

「おはようございます。朝早くから女性2人でおしゃべりですか?」

 背後からの声に2人は振り返る。そこにいたのはランバートだった。
「おはよう、ランバート」
「早いんだね」
「私はいつもこれくらいの時間に起きるんですよ。船首で体操をするのが日課なもので」
 そう言うランバートは、体を前後に倒し始めた。見かけによらず体が柔らかい。
「さて、それじゃあ私は朝食の支度を始めるかね」
 ベルは大きく空に伸びをした。
 東の空から太陽が昇り、ダカート号が日の光に照らされる。
「今日もいい天気になりそうだね!」
 ベルの顔は、いつになく晴れやかだった。




「ぷっぷぷーーーッ」
「ところで、なんで最近、私の顔を見てよく笑うんですか?」
「べっつにーーー♪」


第0話
「はじまりの、瞳の扉の、その向こう側」
おわり



  

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