第10話  剣の山、闇への扉を開く者
─ そ の 2 ─





 その後、全く闇の世界の話に触れることなく夕食を終えたラダック仙人は、
エレナたちにゆっくり休むようにと別室を用意してくれた。しかし、エレナは
闇の世界へ行くことで頭がいっぱいで、落ち着けず到底眠れそうになかった。
 バファンの姿も部屋にはない。彼も彼なりに複雑な心境なのだろう。
エレナは夜風にあたろうと、部屋を出た。外へ出ようとしたところで、厨房から
皿を洗うガチャガチャという音が聞こえたので、エレナはひょっこり顔を出して
みた。ジャンボが手馴れた感じで夕食の後片付けをしている。
「ジャンボさん、手伝うわ!」
「え!? いいですよ、そんな。私の仕事ですから」
 突然現われたエレナに戸惑うジャンボ。皿を割りそうになったが、すんでの
ところで受け止めた。
「いいの、いいの。何かしてないと、全然落ち着かなくて。バファンだって、
 外で剣の稽古をしているわ」
「は、はぁ……」
 エレナはジャンボの隣に立ち、皿を拭き始めた。航海中、ダカート号でも
よくベルの隣で洗い物を手伝ったものだ。
 ジャンボはエレナに緊張しながら黙って皿を洗う。
 手を休めずにエレナが呟いた。
「明日はついに闇の世界へ行けるのね。私、早く2人に会いたいわ」
 ふとこぼれた笑み。洗った皿をエレナに渡そうと、ふと彼女の顔を見た
ジャンボの顔が赤くなる。ジャンボは、エレナが笑うのを始めて見たのだ。
ハタハタ村へ着いてから彼女は笑顔を見せていなかった。
 エレナは小窓から外を眺めた。空には星が宝石のように輝いている。
「星がたくさん見えるわねー」
「そりゃそうですよ、ここは剣の山なんですから」
 自慢げに言うジャンボ。その隣で、エレナはまた笑った。
「でも、天空城だったらもっともっとたくさんの星が見えるはずよ。いつか
 天空城に行くって約束したの。ラリスとリリスと」
 そして、エレナは自分を悔いた。ポポロクロイス城のパーティーで、
パーティーを抜け出したラリスとリリスに魔法の塔で確かに約束をした。
「天空城に行ってみたい」というピノンに、ラリスとリリスが顔を曇らせた
のも今なら理由がわかる。

 たとえ天空城に行ったとしても、そこにはもうラリスとリリスはいないのだ。

 その事に関してジャンボは何も言わなかった。皿を洗う音が大きく聞こえる。
だいぶ後片付けも終わったところで、ジャンボはエレナを気遣い、彼女に
手ふき用のタオルを差し出した。
「エレナ姫、とても助かりました。後は大丈夫ですから、お休みください」
「そう? おやすみなさい、ジャンボさん」
 エレナはうなづくと厨房を後にした。






 ──翌朝。

 服を着替えて、顔を洗い、気合を入れて居間にやって来たエレナは、
腹痛に身をよじっているラダック仙人と、看病をしているジャンボを見た。


「痛たたたたたたっ、こりゃ、ジャンボ。
  お前、ワシに何を食べさせたのじゃ!!」

「す、すみません!」
 お腹をおさえながら怒鳴るラダック仙人にジャンボは大きな体を小さくし
て謝る。
「だ、大丈夫ですか、ラダック様!?」
 心配そうにエレナが駆け寄る。ラダック仙人は2人に抱えられ布団に横に
なった。苦しむラダック仙人を見つめ、エレナはため息をつく。
「これじゃラダック様に闇の世界へ連れて行ってもらうのはしばらく無理ね。
 ジャンボさん、私に出来ることは何かない? 薬草がいるのなら探してくるわ」
「へ? あ、えーーーーーっと・・・・・・」
 ジャンボがオロオロとしているその時、大きなあくびをしながらバファンが
居間へ現われた。
 布団に横になるラダック仙人、そしてエレナにジャンボを一通り見て、
納得するようにうなづいた。
「ねぇ、バファン。ラダック様が・・・・・・」
「・・・・・・」
 バファンは寝込むラダック仙人を冷たい目で見下ろす。

「とっとと言えよ。『闇の世界に行かせる気はない』ってな」

 バファンのその言葉にエレナは驚いた。
「なんですって!?」
「昨日の晩に言ってやりゃよかったが、あえて一晩様子を見た。この仮病で
 確信したね。このじーさん、オレたちを闇の世界へ行かせる気
 なんてないんだよ!!」
「・・・・・・本当、なのですか?」
 恐る恐る、エレナはラダック仙人に聞いた。
 先ほどまで腹痛にうめいていたラダック仙人は静かになり、布団から起き上
がった。手に持つ杖をエレナとバファンに突きつける。
 バファンが舌打ちし、剣に手を掛ける。エレナは信じられないといった顔で
ラダック仙人を見つめたままだ。

 その間に割って入ったのはジャンボだった。

「お師匠様、お願いです!! どうかこの2人を闇の世界へ連れて
 行ってあげてください!!」
「うるさい、ジャンボ!! これはお前が口出ししていい話では
 ない!!」
 ラダック仙人の怒りのこもった声にジャンボが「ひっ」と短い声を上げて後退る。
緊迫した空気の流れる中、ラダック仙人は真っ直ぐにエレナを見た。
「エレナ姫、悪いがお主を闇の世界へ行かせることは出来ん。お主が闇の
 世界へ行く理由はなんじゃ!? ラリスとリリスには世界のために犠牲に
 なってもらう。その2人を助けようとしているお主は今、世界の敵じゃ。闇の
 世界を崩壊させるわけにはいかない。行くでない、エレナ姫。お主が今、
 闇の世界へ行くことは世界の破滅に繋がりかねないのじゃ」



「あなたはピエトロを裏切り、ポポロクロイスを滅ぼすわ」



「……」
 エレナの考えはラダック仙人に全てお見通しだった。彼女にはダーナの
兵士であるバファンには口が裂けても言えないことがあった。
 ──ラリスとリリスを助けたい!!── 
 今はその方法を何も思いつかないが、再生力の力なしで闇の世界を救う
方法があるかもしれない。命を犠牲にするなんて方法、間違っている。しかし、
2人を助けたいというエレナの気持ちをラダック仙人が理解せず、闇の世界へ
行かせようとしないのは・・・・・・それはつまり、ラリスとリリスを救う方法がないと
ラダック仙人にはわかっているからだ。
「そして・・・・・・」
 ラダック仙人は次にバファンを見つめた。
「何故、お主は闇の世界へ戻ろうとしておる? お主は欲しがっていた『自由』を
 手にしたのじゃぞ。ダーナはお主を自由にさせたのじゃ。戻る理由はなかろう」
「はっ。こんな形で自由を手に入れてもちっともいい気分じゃないね。納得して
 ねーんだよ。オレは帰る、闇の世界へ!」
「私は・・・・・・」
 エレナが口を開いた。
「何も出来ないかもしれない。でも、もしかしたら何か出来るかもしれない。
 2人を助ける可能性がゼロじゃないと信じたいんです。だから闇の世界
 への扉を開いてくださいッ!!」
「・・・・・・ダメじゃ」
 ラダック仙人は決して首を縦に振ろうとはしなかった。

 辺りに重い沈黙が流れる。

 エレナは握っていた拳を緩めた。
「わかりました。もうラダック様には頼みません。失礼しましたッ!!」
 さっさと諦めると彼女は踵を返した。
「お、おい、どうするつもりだよ!?」
 バファンも後を追う。

 エレナとバファンは大股でラダック仙人の家を出て行った。






  



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