第13話  闇の世界のとある星、運命の選択
─ そ の 4 ─





「氷の魔王」



 その言葉と同時に今まで大人しくしていたガミガミ魔王が「ブー−−ッ」
口から派手にお茶を噴き出した。ガミガミ魔王の向かいに座っていたラリスと
リリスが慌ててそれを避ける。
「氷の魔王ですって!?」
 エレナは驚いて弱々しく輝く星を睨むように見つめた。
「そう。ピエトロとの戦いに敗れ、再びこの世界に封印されて静かに眠っている
 けれど、炎の魔王をなんとか出来るのは私の考えられるところ、氷の魔王だけよ」
 マイラの言葉、混乱する頭を整理する。
「つまり、氷の魔王を復活させて、炎の魔王を鎮めるのね?」
「そう。その後、再び氷の魔王を封印しないといけないけどね」
 ダーナは炎の魔王の復活を防ぐために直ぐにでも「再生力」をラリスとリリスに
使わせようとしている。しかし、炎の魔王の脅威が無くなれば、ダーナは「再生力」を
使わなくてもいいことになる。
 なにか引っかかるが……それしか方法がないのなら──



「やめとけッ!」



 考え込むエレナにそう怒鳴ったのはガミガミ魔王だった。
「考える余地もねぇ! エレナ。お前、この元女神のねーちゃんの
 提案を受け入れるつもりか!? バカもいい加減にしろよッ!!!
 一歩間違えば、それこそオシマイだ。それに……」

 ガミガミ魔王は、あえてもったいぶったようにそこで言葉を一度切る。

「……それに、氷の魔王を復活させるってことはどーゆーことかわかるか?
 ピエトロや、お前のかーちゃんを裏切る行為だぞ、それ」

「……」

 わかってる。
 エレナは口をつぐんだ。
 わかってるッ!
 ガミガミ魔王がここまでエレナに警告するのも十分わかる。「氷の魔王」の
登場にガミガミ魔王もびびっているらしい。このメンバーの中で、氷の魔王の
恐ろしさをその体で体験しているのはガミガミ魔王1人だ。
 氷の魔王が昔、何をしたのかエレナも十分聞かされていた。炎の魔王を
鎮めるのだからと氷の魔王の封印を解くということの意味を、エレナは誰より
も理解していた。
 氷の魔王は2度にわたりポポロクロイスを恐怖に陥れた「敵」だ。
 ──脳裏に兄と母の姿が浮かぶ。それだけで胸が押し潰されそうだ。

 わかってるッ!!

 でも……
 でも、もしそれで、ラリスとリリスの未来が開けるのなら──!


「いいよ、そんな危険なことやんなくても。ねーちゃんありがと。来てくれた
 だけでも感謝してるよ。ま、その気持ちに便乗してダーナ神殿を抜け出し
 てきただけ。もう行かなくちゃ」
「私たち、ダーナ神殿に帰ります。世界を救うために私たちはここにいるの
 ですから。そろそろ戻らないと、本当にダーナ様に叱られてしまいますわ」
 ラリスとリリスが立ち上がる。ふと思い出したようにポンッと手を叩いた。
「あ、そーだ」
「おみやげ!」
「……え?(ーー;)」
 ここまで来て出た2人の言葉にエレナは眉をひそめた。
「父さんに、闇の世界のお土産を買わなくちゃ。うん、忘れるとこだった」
「ボリス国王様に?」
「そう! 約束したんだ。天空城を旅立つ前に」
「お土産かぁ……」
 エレナは懐かしむように、ふと兄の財布を取り出した。
 ラリスとリリスを追ってポポロクロイス城を出る前に半ば盗む形で持ってきた
兄の財布。何だかんだで、ここまで来るのに相当な額をこの財布から出した。
中はほとんどカラだ。銀貨と銅貨と、それから折りたたまれた領収書のような
紙が入って……。


 エレナはここでようやくその紙に目を止めた。


 白い村の宿屋で兄の財布の中身の確認をした時からずっと目にしていた
折りたたまれた紙。エレナはこれを兄が何かを買った時のレシートか領収書か
何かだとずっと思い込んでいた。
 しかし、そこにはピエトロ直筆の字で、エレナあてに書かれた言葉が詰まっ
ていたのだ。
「うそ……これって?」
 なんで気付かなかったんだろう。エレナは手紙に目を通し始めた。



 エレナへ
  この手紙を読んでいる頃、お前はどの辺りにいるのだろうな。
  前も大海原に旅立つ前に勝手に私の財布を盗んでいったことがあったのを
  思い出し、これが吉と出るか凶と出るかわからないが、今回、財布にこの
  手紙を入れさせてもらった。
  先ほど、皆の前で知恵の王冠が割れたことには何か深い理由があるのだろ
  う。ボリス国王が今この時期にラリス王子とリリス王女をポポロクロイス
  へ来させたのに理由があるのかもしれないし、そして、今朝、一緒に行っ
  た王家の洞窟でお前が悩んでいた「何か」と理由があるのかもしれない。
  今、エレナがどんなことに巻き込まれ、どのような決断を迫られているか
  私にはわからないが、自分の信じた道を行きなさい。
  それ以上私は何も言わない。
  それがお前の信じる道なら、私もお前の道を信じよう。
  また笑顔で会える日を楽しみにしている。
               私の大切な妹へ……     ピエトロ


    PS そうそう、財布の中身をサービスしておいてやったから、
       ちゃんと私のお土産を買って送るように!



 文章からすると、この手紙は知恵の王冠が割れた直後にピエトロが書いたものだ。
まさか、ここまで来て兄の存在がエレナの心を動かすことになるとは当の本人も思って
いなかっただろう。
「ねーちゃん……?」
「エレナ様?」
 リリスがスカートのポケットからハンカチを取り出し、差し出す。
 エレナはリリスに微笑むと涙をぬぐった。
「ガミガミ魔王さん、ごめんなさい。私……やるわ!」
 ガミガミ魔王は何も言わなかった。お茶を飲み干し立ち上がると、空王丸の
エンジンを温めに部屋を出て行く。
 エレナはマイラを見つめた。
 ラダックに言われた「誰が敵なのか、味方なのか、しっかり見極めなされ」と。


 ──私は自分を信じる。
  にいさま、かあさま、本当にごめんなさい。
 いつも私に勇気をくれた人。今回ばかりはにいさまに助けてもらえはしない。
 許してもらえると思っていない。
 わかってくれると思っていない。
 きっと、ずっと後悔することになる。
 だけど、……だけど私には、闇の力を手にしてでも守りたい人がいる。
 本当にごめんなさい。




「私、炎の魔王を倒すわ!」


 マイラは怪しげな笑みを浮かべると、立ち上がった。
「私はこの星を出られないの。ズール、エレナ姫を氷の魔王の星へ案内してあげ
 てちょうだい」
「はいゲス」
「あの……いろいろしていただいてありがとうございます」
 エレナがマイラに頭を下げる。マイラは微笑んだ。
「いろいろするのは、これからよ。エレナ姫、どんな闇の中でも光を灯すことを
 忘れないように。必ず生きて帰ってらっしゃい」

 エレナはマイラにうなづくと、空王丸に乗り込み、マイラの星を後にした。






  




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