第14話  魔王魔王魔王様と、女神の策略
─ そ の 1 ─




 ズールに案内され、エレナたちを乗せた空王丸は、灰色の星へと辿り着いた。
削られた地面とガレキばかりで、命を感じられない死の大地。まるで雪の降る夜
のように辺りは不気味なほど静かだ。
「ここが、氷の魔王の星ね」
 吐く息が白い。
 エレナはトランクから火ネズミのマントを取り出し、羽織った。本当に買って
おいて良かったなと、白い村の防具屋さんを思い出し、苦笑する。「冒険の
序盤から終盤まで役立つオススメの防具だ」なんて半ば強引に押し売りされ、
こちらは定価の半分の値段で購入した品物がまさかここで役立つことになる
なんて。
 寒いので、あの時一緒に買っておいたラリスとリリスの分も2人に渡そうとしたが
「かわいくないからだ」とのことで、エレナに押し返された。
 空王丸から降り、氷の魔王の星に足を踏み入れる。目の前には氷で出来た塔が
エレナたちを待っているかのようにそびえ立っていた。
 エレナはその塔を睨み、それから視線を外すとラリスとリリスの前にしゃがみ
込んだ。にっこりと微笑む。

「さ、あなたたちとはここでお別れよ。ここから先は私1人で行くわ」

 2人に何かあってはいけない。エレナはガミガミ魔王にラリスとリリスを任せ、
1人で氷の魔王の封印を解きに行くことにしたのだ。
「別に、ねーちゃんがこんなことしなくてもいいじゃん」
「あの……本当に上手くいくのでしょうか?」
 心配そうなラリスとリリスに、エレナは胸のうちを抑えて、笑った。
「わからない。どう考えても無理そうなら、キッパリ諦めて引き上げてくるわ」
 エレナは立ち上がり、次に空王丸のデッキに立ってこちらを見下ろしている
ガミガミ魔王を見上げた。
「じきにダーナの兵士たちが2人を迎えに来るわ。その時はよろしくお願いします」
 マイラの星からずっと無口だったガミガミ魔王は、やれやれと肩をすくめる。
「氷の魔王と一戦している俺様から忠告してやるが、本当にヤツを甘く見るなよ」
 エレナはうなづくと、ガミガミ魔王たちに背を向けた。
 もう、振り返らない。
 そして、一歩一歩、氷の塔へと歩き出した。





 エレナは、体に冷気が入ってこないように火ネズミのマントの前の部分をギュッと
握り締めながら氷の塔を進んでいた。入り口の門はエレナを待っていたかのように
自然に開き、それに導かれるように通路を歩いていく。モンスターに待ち伏せされて
いるのかと身構えていたが、何も出てきそうにはない。
 ──この先に、氷の魔王が封印されている。
 塔の中は、外との温度が全く違った。火ネズミのマントを羽織っているのに、襲ってく
るのは身も凍るほどの寒さ。息をするだけで、肺が切るように痛み、瞬きをするだけで
体中に痛みが走る。それを耐えながらエレナは前へ進んだ。

 カツーン カツーン ……

 氷の床の上を歩く音だけが響き、それ以外の音は何もしない。とても静かだ。
 エレナは塔内を見渡した。真っ白の氷は壁となり、澄んだ氷は窓となり、床には寸分の
くるいなく氷の大理石が敷き詰められている。エンタシスの氷柱が並び、塔の内部全体が
青白く幻想的な光に包まれ、それが思わず見とれてしまうほど美しい。

 カツーン ……

 しばらく歩き、大きなホールのような何もない場所に辿り着いたところでエレナは
足を止めた。
 ホールの中央の氷の台座に弱々しく浮かぶ黒い球体がある。その真下、氷の床で
眠るのは……。
「氷の魔王……ッ!」
 ダーナの姿より大きいだろう、氷の中に眠るその魂。
「久しブリね……」
 エレナはこの星に降り立った時から、氷の魔王の邪悪な気配を前にも感じていた
ことを思い出していた。一度は、ポポロクロイス城に戻ってきた晩に見た夢の中で。
アリスこと永遠の番人を氷漬けにしていくあの力はまさしく氷の魔王のものだった。
それから二度目は、知恵の王冠が割れる寸前に。何だったのか、その時はわからな
かったが、今ならわかる。氷の魔王の気配と、そして炎の魔王の気配もあの時エレナ
は感じていたのだ。
 エレナは寒さで朦朧とする意識を頭を振り、しっかりさせると、冷静さを失わない
ように気持ちを落ち着け、そして声を張り上げた。

「私はエレナ・パカプカ。あなたもよーくご存知のサニアの娘で、
 ピエトロの妹よ。……私に力を貸してちょうだい、氷の魔王ッ!」
 エレナの声が氷の塔の内部にこだまする。

〔おとなしく眠っていたものを……余を呼ぶのはお前か〕

 頭の中に響く低い声にエレナは身構えた。
 体を包み込む冷気に身震いする。しかし、ここで弱気なところを見せてはい
けない。
「時間がないの、要点だけ言うわ。闇の世界の均衡がなくなって、この世界で
 一番邪悪な魂である炎の魔王が復活しようとしているわ。聞いた話によると
 あなたの宿敵なんでしょう? 倒すのを手伝って欲しいの」


〔断るッ!〕

「なッ……!?」

 想定内か想定外か、氷の魔王に即答され、エレナは即抗議に出た。
「ちょっと、私がどんな思いで今、あなたの前に立っていると思ってるの!?」
〔お前の兄との戦いで余の魂は痛手を負った。2度とここから出られることはない
 だろう。今更、炎の魔王とやり合おうとは思っておらぬ〕
「あなたにその気はなくても、私がやり合おうって言ってるのよ。あなたの
 封印を解かせてもらうわ」
 今のエレナに恐怖とかそういう言葉は存在しないらしい。むしろ、彼女は
ここまで来て落ち着いている自分に驚いていた。
 エレナが剣を引き抜く。

 氷の魔王は間を置き、やがてエレナに答えた。

〔ならば余と1つ勝負をしようではないか〕
 
氷の魔王の申し出にエレナは眉をひそめた。
「……勝負?」
〔そうだ。余は魂だけの存在。余はお前の体が欲しい〕
「ななッ!? そんなッ!? この小説、小学生も読んでるかも
 しれないのよ!? 体が欲しいなんて……!!!」
 大切そーに自分の体を抱きしめる。 氷の魔王の呆れたため息が聞こえたような
気がした。
〔……。何か勘違いしていないか。
 余が今からお前の体の中に入り込む。意識下で余をねじ伏せてみせよ。見事
 お前が打ち勝てば、余の力を自由に使い、炎の魔王でもなんでも倒せ〕
「私が負ければ、あなたは私の体を自分のものに出来るのね?」
〔そうだ〕
 エレナは何も迷わずうなづいた。
「わかったわ。私、必ず勝ってみせる。あなたの氷の力で炎の魔王を倒すわ」
 その途端、ホールが揺れた。音を立てて氷の床が割れる。目の前の台座の黒き球体が
大きく揺れ、広がり、エレナを包む。
 エレナはギュッ目を閉じた。
 冷たい邪悪な力が自分の中に入ってくるのを感じる。





 目を閉じた、その先にとある景色が現われた。それは最初は白黒で画像も揺れ
見づらいものだったが、だんだん鮮明となりエレナの心に入ってくる。
 ──ここは……ポポロクロイス?
 猛吹雪と氷のモンスターに襲われるポポロクロイスの城下町が見える。エレナの
知っている時代のものではない、これは過去のポポロクロイス。氷の魔王の記憶が
エレナの中に飛び込んできたのだ。
 「サニアッ! やめるんだッ!」
 その声と同時に場面はポポロクロイス城のテラスに変わる。そこにいるのは若かりし
頃のパウロと、距離を置いてパウロに背を向けて立つサニア。猛吹雪の中、サニアの
着ているドレスがはためいている。
 ──父さま、母さま……?
 パウロの声を無視し、城のテラスから身を投げるサニアの姿がはっきりとエレナには
見えた。サニアの体が形を変え、黄金の竜となり、エレナのほうへ牙を向けて飛んでくる。
「やめて!!」
 エレナは泣きそうな声で叫んだ。
 次にエレナの前に現われたのは、闇の世界で氷の魔王の封印となるサニアの姿。
 エレナは激しく首を振る。
「なんでこんなものを私に見せるの!?」
〔お前は余のことを何もわかっていないからだ。どんなに冷酷で残酷か。協力など到底出
 来ないとお前に見せつけるために〕
「おかあさん……」
 次に聞こえたその声にエレナの心は震えた。目の前に幼き日のピエトロの姿が現われる。
「おかぁさん……おかぁさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんッッ!!!!」
 泣き叫ぶピエトロの姿が通り過ぎて行く。目を固く閉じ、耳をふさいでも、それはエレナの
心に入り込んでくる。思い知らされる、やはり自分は無知だったのだ。氷の魔王という危険な
存在に手を出したことに後悔と絶望がエレナを襲う。
 そこでエレナは、はたと思った。
 最初、氷の魔王はこれを「勝負」だと言った。その言葉が本当なら、エレナにも勝ち目は
あるはず。氷の魔王がエレナの心に入ってくるように、自分も氷の魔王の心に入り込めるは
ず。いや、きっとここがもうその場所なのだ。氷の魔王がエレナの弱い部分である「家族」を
見せつけ苦しめるように、勝つためにはエレナも氷の魔王の「何か」を見つけなくてはいけ
ない。
 ──感じる。氷の魔王の憎しみ、怒り、絶望・・・・・・そして、孤独。
 「お母さんを返せッ!!」
 自分に向けられる竜の剣。これは全て氷の魔王の視点。
 ピエトロ王子がこちらに向けて剣を構えて駆け出す。辺りに吹雪が起こり、視界を遮り
ピエトロの姿が目の前から消えた。
 その先に──エレナは見た。氷の地面にある白い花の小さなつぼみ。それは決して
咲くことはないと何故だかわかる。エレナはその花に手を伸ばす。パンドラの箱に残った
それだと信じて。
 氷の魔王のうめき声が聞こえる。



 そこでエレナの意識は途切れ、彼女の体は氷の床に静かに崩れ落ちた。





  



SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送