第14話  魔王魔王魔王様と、女神の策略
─ そ の 4 ─




〔……〕
 氷の魔王は立ち止まった。
 そう簡単に闇の世界から脱出させてくれないらしい。
 いまいましそうに赤い瞳で立ちふさがる人物を見つめる。
 氷の魔王の周りを囲むのは、剣や槍、弓矢を持つダーナの兵士たち。いま
にも攻撃を仕掛けんとする勢いだ。
〔炎の魔王の脅威から逃れられたのは誰のおかげだと思っている。少しは
 余に感謝してほしいものだな。じきにヤブ−たちも目覚め始めるだろう、
 それを待つのも悪くない〕
 氷の魔王がエレナの体でかわいらしく肩をすくめて笑う。
 その姿に構うことなく、ダーナの兵士たちが一斉に氷の魔王へ襲い掛かった。
氷の魔王を闇の世界の外へ出すわけにはいけない。二度も同じことを繰り返
させるわけにはいかないのだ。
 氷の魔王がスッと手を上げると周りに吹雪が舞い始めた。周りの空気がピシ
ピシと音をたてながらダーナの兵士たちを凍らせていく。氷の魔王に攻撃が
届く前に兵士たちの体が動かなくなる。ダーナの兵士と氷の魔王の実力の
差は歴然たるものだった。


「フレイムフィールド!!」


 と、そこへ飛んできた魔法。
〔……ッ!〕
 氷の魔王はそれを軽く避けたが、それが自分へ向けて放たれたものではない
と気付く。
 ダーナの兵士たちのもとへ放たれた火の魔法は、辺りの氷を相殺し、氷漬けに
なろうとしていた兵士たちを助けた。助けられたことに驚きながら、その魔法を放っ
た人物を探す。
 氷の魔王が、後方を振り返る。


「がーーーはっはっはっはっ! 
 炎の魔王を鎮めたようだな、ご苦労、ご苦労ッ!!」


 そこにいたのは絶対無敵超高速飛空艇・空王丸。
 デッキに立ち、殿様よろしくふんぞり返り高笑いしているのは我等がガミガミ魔王、
それからフレイムフィールドを放った本人・ラリス、そして心配そうに辺りを見回して
いるリリス。
〔お前たちか……〕
 氷の魔王がラリスとリリスに目を止める。
 エレナではないその冷たい瞳に2人はゴクリと唾を飲み込んだ。
〔お前たちの思惑通り、炎の魔王はこの通り封印された。今、均衡の崩れたこの
 闇の世界で力のあるのは余だ〕
「魔王ってのはな、このガミガミ魔王様1人で十分なんだよッ!」
 ズイッと双子の前に立ち、氷の魔王の視界に割り込むガミガミ魔王。
 氷の魔王は目を細めた。デッキの3人の後ろにある大きな箱のようなもの
に目を止める。勝気だったその顔に、困惑の表情が浮かんだ。

〔それは、ピアノ……?〕

「ふっ、その通り。即効で作った電子オルガンだッ! 
 おい、お前ら、演奏の準備をしろ!」
「ってか、オジサン。本当にやるの〜?」
「まぁ、やってやれないことありませんけど……」
「つべこべ言わずに、弾けッ!」
 ガミガミ魔王に頭をこつかれ、ラリスとリリスはしぶしぶ魔王印のオルガンの
前に座った。電気で音を作るらしい、ストップやペダル鍵盤までちゃんと作られ
ている本格的なオルガンだ。
「リリス、いくよ」
「うん」
 座った瞬間、2人の顔から笑顔が消え、鍵盤を見つめる目つきが変わった。

〔『再生力』……か〕
 氷の魔王は笑った。

〔言っただろう。ここでその力を使えば、この娘の体も余と一緒に闇の世界に
 封印されてしまうのだぞッ!! それでもいいなら弾くがいいッ!〕




 じゃーーーーーーんっ!!




 まるで雷のように、めいっぱいの音量でラリスとリリスが鍵盤を叩く。

〔……〕
 氷の魔王は動きを止めた。

 〜〜〜♪

 流れてきた曲に耳を疑う。
〔こ、これは……?〕
「だーれが『再生力』なんか使うと言った? 『春』だ。残念だが、
 冬は終わりにさせてもらう」
 ガミガミ魔王がニヤリと笑う。
 そう、奏でられたのは「楽園」ではない。白い村の酒場で奏でた、あの曲。
 楽しそうに弾くラリスとリリス。
 跳ねるように指先が白と黒の鍵盤を叩く。
「ねーちゃん」
「エレナ様」


「「このメロディーが、どうかあなたの心に届きますように……」」


 奏でられるのは明るく清らかなメロディー。
 2人を中心に空王丸のある場所から波紋が広がるように闇の空間に現われた
のは千紫万紅の見事な花畑。
〔……〕
 氷の魔王はその中に立っていた。青い空、一面の花畑、自分とは全くの無縁の
場所に。

 音色と共に聞こえてくる小鳥たちの歌声、川のせせらぎ、大地の息吹、風の光り、
そして新しく生まれる命の音……。


明日へつなぐ今が・・・・・・
          旅立ちの時だから  」


 氷の魔王……エレナの口からもれる歌声。

色のない世界で見た虹に 悲しくて 涙あふれた
  小指でかわした約束  いつかきっと叶えると誓った場所

 神様の試練も 竜のイタズラも  
  越えていける自信があるの   南風 春を運ぶ 音がする

 ししのかんむり 飛び越えて 
   たどりついた草原には ほら・・・・・・希望の花が 咲いている 」

 氷の魔王も、ガミガミ魔王も、ダーナの兵士たちも、
それが幻覚だとわかっているのに……わかっているのに、
そこにいる誰もがその音色に引き込まれ、その美しさに一歩も
動けない。

 氷の魔王の瞳が赤から、穏やかな紫の瞳へ変わっていく。

二度と失わないように 希望の種 
       そよ風よ 世界へと運べ
  
  あなたとの 約束の場所へ
    輝き始めた世界へ さぁ・・・・・・希望の花が 明日へとつなぐ 」



「私とあなたとの勝負はあなたの負けね、氷の魔王」
 歌い終わったそこにいたのは、紛れもなくエレナだった。

 氷の魔王は笑った。
 その目には殺気も悔いもない。

〔わかった、余の負けだ。今回は身を引こう。……その音楽に
 救われたな〕

 そう言うと、氷の魔王はエレナの体から離れた。
 フッと周りの空気が軽くなる。
 彼女の体から黒き魂が噴出す。──氷の魔王の魂だ。
 支えを失ったエレナの体がグラリと揺れ、宙に浮いていた体が落下する。
それを助けたのは空王丸から伸びた巨大マジックハンドだった。エレナは気を
失いピクリとも動かない。そのままガミガミ魔王たちのいる空王丸のデッキへと
運ばれる。

 エレナの体から放れた氷の魔王は抵抗することはなかった。魂だけの存在で
抵抗出来ないと判断したのか、また本当にエレナと春を呼ぶ音色に完敗したから
なのか、実際のところは本人にしかわからないが、氷の魔王はおとなしく 待機して
いたクジラのマックの背に乗り、ダーナの兵士たちに囲まれながら元の星へと帰っ
ていった。

 炎の魔王、氷の魔王の脅威から闇の世界は救われたのだ。


 闇の世界は静けさを取り戻し、辺りは空王丸のエンジン音が響くのみと
なった。





  



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