第15話  天空城、過去・現在・そして未来へ
─ そ の 2 ─




 長い廊下をエレナとバファンは駆けて行く。ラリスとリリスの奏でるパイプオル
ガンの音が広間に近づくにつれだんだん大きくなってくる。
 ダーナのいる神殿中央部の広間の扉の前に、1人の兵士が大鎌を持って立っ
ていた。エレナとバファンは立ち止まった。
「ダーナ様のご命令だ。この先へお前たちを通すわけにはいかない」
 あの兵士だった。ガミガミ魔王城でラリスとリリスをさらった兵士、闇の世界で
その2人の世話をしていたであろう兵士がエレナとバファンの前に立ちふさがる。
 この扉の先にラリスとリリスはいるのだ。
 エレナが剣を持つ手に力を込める。通してくれないのなら、力ずくで道を開ける
しかない。
 それをバファンは止めた。
「エレナ姫、あんたは手出ししないで欲しい。こいつとはオレが決着をつける。
 ……つけさせて欲しいんだ」
 一歩前に出て、バファンと兵士が対峙する。
「昔は仲良く一緒に雑用やってた仲なのにな。変わらないのはオレだけか」
「本当に……お前のその軽い性格は昔から変わっていないな。安心した」
 ふっと兵士が笑う。
「ようやくあの双子は『楽園』を弾く気になってくれた。36回も脱走ごっこをされて
 さすがに我々も堪忍袋の緒が切れそうだったが……それも今日で終わりだ」
 エレナの耳に背後からたくさんの足音が聞こえてきた。先ほど風の刃で吹き飛ばした
兵士たちが手に武器を持って追ってきたのだ。エレナたちと距離を置き立ち止まる。緊迫
した空気。もう前へ進むしか道はないのだ。後ろの兵士たちに背を向け、バファンと対峙
する扉の前に立つ兵士をエレナは見つめた。
「変わらない世界で我々は変わろうとしている」
 兵士はそう言うと大鎌を降ろした。優しい眼差しで扉の先を見つめる。
「あの双子に出会って、我々は初めて音楽というものを聴いた。……外界にはあのような
 いいものがあるのだな。 ダーナ様がお前に双子を守る任務を与えたのも今なら納得
 出来る」
 そう言うと兵士は、エレナとバファンに扉を開けるように道を開けた。
「さぁ、行け」
「……いいのかよ?」
 ダーナに逆らうことになる。バファンのように雷に打たれ罰を受けるかもしれないし、
もっとひどい立場に追いやられるかもしれない。しかし、この兵士は何もためらわなかった。
バファンを見て力強くうなづく。背後の兵士たちも同じように武器を降ろした。ここにいる
全員に戦う気はないらしい。
「私たちだって、あの双子を助けられるなら、助けてやりたい。
 どんな結末が待っていようとも、この先にあるものが絶望では
 なく希望なのだと、私は信じたいのだ。お前たちのためにも、
 そして私たちのためにも」
 この兵士は、自由に生きようとしているバファンのことがうらやましいのだろう、と
エレナは思う。最初は機械的でダーナに仕える者たちに冷たい印象を受けた
エレナだったが、全然そんなことはない。心の中ではみんなラリスとリリスのことを
大切に思っているのだ。





  バンッ!!



 エレナとバファンはダーナのいる大広間の扉を勢いよく開けた。
 パイプオルガンの音がよりいっそう大きく聴こえ、響き渡り、振動がエレナの体を震
わせる。
「ラリス! リリス!」
 エレナは叫んだ。
 玉座に腰掛けるダーナの姿の先、階段の上で2人が音楽を奏でていた。金色の
巨大なパイプオルガンがキラキラと幻想的に輝いている。
 エレナはダーナをキッと睨み上げた。ダーナはいつものように目を閉じ、平然と
その場に佇んでいる。
 エレナはラリスとリリスの元へ行こうと階段へ駆け出した。

 ドンッ!

「きゃっ!」
 何かにぶつかり、短い声を上げてエレナは床に倒れた。
 近づけないように目の前に見えない結界がしいてあるのだ。ダーナの術によるもの
だろう。エレナは起き上がり、ぶつかったばかりの結界の壁を叩いた。力強く叩き続け
る。ガラスのような見えない壁は叩いても全く壊れそうにはない。
「ラリス、リリスーーーーーーッ!!」
 その叫び声すらも2人の奏でる音にかき消される。
 エレナは叩くのをやめると剣を引き抜いた。見えない結界から数歩下がる。大技を一発
ぶつけて結界を破ろうと腰をかがめて精神を集中させる。しかし、いくら心を無にしようとし
ても、パイプオルガンの荘厳な音色はエレナの頭に響き続けた。


 ポツリ  ポツリ…… 
 音楽にあわせて広間に銀色の光が現われる。


「始まった……」
 バファンが呟き、光を目で追う。
 それはダーナ神殿を飛び出し、闇の世界全てを優しく包み込んでいく。その光の量は
ポポロクロイス城で知恵の王冠に「再生力」を使った時の量とは比にならない。
 ラリスとリリスが全身全霊を込めて送る最後の演奏──。


 結界を破ろうとするエレナに対し、ダーナがスッと右手を天にかざす。前に一度、バファ
ンを襲った雷を放つつもりだ。
「危ない、エレナ姫ッ!」
 バファンが叫び、エレナに駆け出す。その声がかすかに聞こえ、エレナがハッと息を飲み
天井を見上げる。
 ダーナの右手より現われた青い雷が……

 
 ドッカーーーーーーン!!


 突然、ダーナの右手が爆発を起こしたのだ。雷は放たれることなく、消え去る。

「がーーーーーーはっはっはっはっ! なんとか間に合ったぜ最終兵器。
 ダーナ、お前の右手はもう使い物にはならないはずだッ!!」
 広間に現われたガミガミ魔王が、まだ煙を上げているキャノン砲を肩にかついで
高笑いをかます。ダーナに攻撃を仕掛けるとは、さっすがガミガミ魔王は漢である。
「ありがとうございます、ガミガミ魔王さん!!」
 エレナは視線をガミガミ魔王から双子へと移した。

「……」
 エレナの目に映るラリスとリリスの姿。
 演奏はまだ続いている。
 その旋律が残酷なほど優しくエレナの気持ちを満たしていく。
 エレナは2人を見ていられずに目を伏せ、構えていた剣を降ろした。剣はエレナの
手から滑り、床に落ちる。
 どんなに苦しく辛いだろう、そう思っていたのに、見上げた先にいるパイプオルガ
ンを弾くラリスとリリスは……笑っていたのだ。そう言えば、2人は音楽の前では
いつもうれしそうに目を輝かせていた。
「人の気も知らないで……なんで、あんなに楽しそうに弾くのよ」
 止められない、止めてはいけない。2人の「楽園」を邪魔してはいけないのだと、
エレナに触れては消えて現れる銀色の光たちが教えてくれる。2人の「運命」を
ただ憎んでいたエレナの心が、この音楽を聴いているだけで晴れてくる。2人の
気持ちなのだと、そう思う。
「……そうね」
 白い頬を伝う涙をエレナはぬぐった。
「止めようとはもう思わない。……最後までちゃんと聴いてあげましょう」
 バファンとガミガミ魔王を振り返り、彼女は悲しそうに笑った。

 それがラリスとリリスの願いなのだから。









 場所は変わって、──空の彼方に。

 雲の上に城が浮かんでいる。その城の名は「天空城」。 数日前、モンスターの
大軍に襲われてあちこち崩れたこの城も、復旧作業が進んでいた。
 夕刻になり、作業も終わったのだろう。飛び交っていた声も徐々に消えていく。
 その城の一番奥にある謁見の間。西窓のステンドグラスが神々しく広間をオレン
ジ色に輝かせている。広間の奥、一段高くなっている玉座にこの城の主、ボリスは
座っていた。肘掛を人差し指で単調に叩き続けている。何をすることもなく彼は、
絨毯にあたるオレンジ色の光を眺めていた。

 静かだ。

 ラリスとリリスが城を去ってから特に天空城は覇気がなくなったように静かになって
しまった。住人たちの笑顔も少ない。2人の存在がここまで大きかったのかと改めて
思う。
 ボリスはチラリと後方の白いピアノに目をやった。


そう、こんな時は昔のことを思い出す──





  



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