第15話  天空城、過去・現在・そして未来へ
─ そ の 3 ─





 ──ラリスとリリスが生まれて間もない頃のこと。

 天空城は喜びに包まれ、たくさんの人々が2人の誕生を祝福してくれる。
ボリスも城主としてそれなりの貫禄を見せ始めた頃でもあった。
 昔、夢幻魔王率いるモンスターにこの天空城は乗っ取られたことがあった。
それを当時王子だったボリスは、ポポロクロイスのピエトロと共に倒す。そして、
平和になると彼はこの城に再び住み、城を再建し、戻ってきた人々と共に毎日を
送るようになっていた。

 式典も終わり、少し疲れたボリスもあの日、夕陽を浴びオレンジ色に輝くこの
謁見の間の玉座に1人腰掛けていた。すぐ隣に備え付けられたゆりかごの中で、
男の子と女の子の赤ん坊がスヤスヤと眠っている。
 2人のやわらかい頬に触れる。その天使のような寝顔に普段あまり表情を見せる
ことのないボリスの顔もほころぶ。彼はとても幸せだった。
「誰だッ!」
 ボリスは驚いて立ち上がった。
 双子に気を取られ、完全に無防備だったのは確かだが、目の前に現われた
青年にボリスは全く気付かなかった。
 スラリと伸びた長身に濃い紺色の髪、灰色のシャツに紺色の軽めのコートを
羽織った青年がそこにはいた。
 その青年は失礼のないように一礼し、そして紫紺の瞳をボリスに向けた。
「オレは闇の世界の王ダーナの兵士。
 そこで眠る双子の魂はすでにダーナの監視下にある」
 その青年から告げられたのは双子の中に眠る光の意思デュオンの力と、
世界を救う「運命」だった。
「そんな……」
 ボリスは力なく玉座に腰掛けた。手で顔を覆う。いつもの冷静な判断力で
混乱する頭を整理する。ダーナの兵士はボリスの気持ちを考えることなく、
淡々と自分の用件を述べた。
「ダーナの命令で、運命の日が来るまでオレが2人を護衛することになった。
 しかるべき時が来たら、闇の世界へ2人を連れて行く。それまで命に替え
 ても守るつもりだ」
「守る……だと?」
 青年の言葉にボリスは顔を上げた。いまいましそうに青年を見つめる。
「2人は私の大切な子だぞッ! 見ず知らずのお前などに……」
「あなたにどう思われようが、オレは2人の側にいる。この城に居候させて
 もらうんで、ヨロシク」
「なッ……! 帰れ!!」
 キッと青年を睨むボリス。青年は全く動じず肩をすくめる。
「こっちだって仕事だ。帰れないんだよ。別に迷惑かけるつもりはない」
「今、お前がここにいる時点で迷惑なんだ。それに、城の者にはどう説明する
 つもりだ!」
「『再生力』のことか?」
「それもだが、いきなり現われたお前のことを、だ。それに……ラリスとリリスは
 きっとお前を怖がるだろう」
「んじゃあ、怖がらせなればいいんだな?」
 
その時だ!

 2人の言い合いを聞き、突然赤ん坊が泣き出したのだ。誘発されるように
もう1人も泣き出し、広間に泣き声が響く。
「ボリス王、どうされました!?」
 その泣き声を聞きつけて、大臣や兵士、メイドたちが広間に一斉になだれ
込んできた。
「あ、いや……その」
 どう説明すればいいものか。ボリスは大臣たちを見つめ、それから青年を
見つめた。
 しかし、青年の姿はそこから消えていた。代わりにそこにいたのは……。
「にゃおん」
 その鳴き声にボリスはギョッとして足元を見た。紫色の毛並みの猫が1匹、
彼を見上げている。
「お前……まさか」
「ボリス王、その猫がどうかされましたか?」
 大臣たちが不思議そうにその猫を眺める。
 ボリスにはこの猫が誰なのか分かっていた。あのダーナの兵士だ。猫の姿
なら怪しまれないとでも思ったか。
 ボリスは眉間にきつーーーく しわを寄せるとその猫を睨み、言った。
「勝手にしろッ!!」






 そして、その猫は城に住みつくようになった。いつでもラリスとリリスの側に
いて、決して離れようとはしない。
 ボリスはそれを不満げに横目で見ながら1人、心におもりを抱えて毎日を
過ごしていく。
 ──ある満月の夜のこと。
「おい、おいったら!」
 ぷにっと肉球を頬に押し付けられ、ボリスは目を覚ました。
 途端にラリスとリリスの力強い泣き声が聞こえてくる。……夜泣きである。
 ボリスは猫を振り払うと頭から毛布をかぶった。
「頼むから寝かせてくれ。毎夜毎夜泣かれては、こっちが参ってしまう」
「赤ん坊は泣くのが仕事だろ。ほら、とっとと起きてあやしてやんなよ」
 猫がベットから飛び降りる。ボリスは眠い目をこすりながら起き上がった。
満月がまぶしく部屋の中を照らしているので、明かりを付けることなく、我が
子の眠るベビーベットへ移動する。
 ボリスはわんわんと泣いている女の子を抱くと背中をポンポンと叩きながら
体を揺らした。
「よちよち、リリスちゃん。パパが来まちたからもう大丈夫でちゅよーー」
 そして同様に男の子にも声をかける。しばらく格闘し、赤ん坊はまた静かに
眠り始めた。目の下にくまが出来、疲れきっているボリスはベットに腰掛け
カーテン越しに月を見上げる。月には光の意思デュオンの強い力が込められ
ているという。そして、ラリスとリリスの中にもその力がある。 まったく皮肉なもの
だな、ボリスは思う。
 猫はベビーベットの側で丸くなり、大きく口を開きあくびをすると、また眠りに
つく。

 毎夜、これが日課のように続いていた。

「おいっ」
 ボリスは猫に声を掛けた。猫ことダーナの兵士はボリスの前以外では一切
しゃべることはなく、普通の猫として猫らしく振舞っている。城の者は、この猫を
ボリスの飼っている猫と思い込み、誰も疑問を持つ者はいなかった。
 ダーナの兵士はピンと耳を立たせ、顔を上げた。彼が天空城に住み始めて
数ヶ月、ボリスのほうからこのように声をかけてきたのは始めてだった。
実のところこの兵士も猫の姿で精一杯ボリスの子育ての協力をしていたのだ。
「ダーナの兵士っていうのは暗い集団かと思っていたが、お前みたいな明るい
 ヤツもいるんだな」
「……いや、たいていは使命に忠実で、根は暗い。オレは特別みたいだ。
 仲間には『軽い奴』だとしょっちゅうからかわれてた。雑用ばかりやらされてたし。
 オレがラリスとリリスの元へ行く任務をダーナからもらった時も、周りの奴らは
 大反対してたな。『なんで、お前みたいなヤツに……』って」
 闇の世界でのことを聞かれるのは嫌なのだろうか、猫はプイッと横を向いた。
その態度を見てボリスは口の端で静かに微笑んでみせた。
「で。お前、名は何と言うんだ?」
「は?」
「名前だ、な・ま・え。この先、呼ぶのに不便だろう?」
 照れたようにボリスは彼から目を逸らす。猫は一瞬考え、こう答えた。
「アルゴス」
「それが本当ならぶっ殺す (-.-)」
「冗談だ。名前なんて持っていない。『ダーナの兵士』として生きてきた。あの
 世界では名前は必要なかったからな」
 ボリスは、月明かりに照らされて紫の毛が輝いてみえる猫を見つめてうなづ
いた。
「よし、じゃあ『スミレ』だ」
「スミレぇ〜?」
 なんじゃそりゃ、と言わんばかりの猫の顔。あまり大声を出すと、見回りの兵士に
聞かれるかもしれないし、なんといっても寝付いたばかりの双子を起こしかねない。
 ボリスはいたずらっぽく笑った。
「そう、スミレ。春頃に地上に紫色の花を咲かせる雑草の名だよ」







「「うっわーー、ピアノーーーー!!」」


 その日、謁見の間に白いグランドピアノがやって来た。真夏の青い空に浮かぶ
真っ白い雲のようなピアノ。それは、ボリスの座る玉座のやや後方に置かれた。
 何にでも興味を示すお年頃になったラリスとリリスはポテポテと足音を鳴らしながら
ピアノに駆け寄った。うれしそうに目を輝かせる2人にボリスは表情を変えることなく
サラリと言った。
「お前たちに、闇の王ダーナからの贈り物だ」
 ラリスとリリスが黙って父を振り返る。真っ直ぐな大きな瞳。ボリスは同じ視線になる
ように2人の前に屈んだ。
「お前たちは、しかるべき時が来たら闇の世界のダーナの元へ赴き、その身を犠牲に
 して闇の世界を再生させなければならない」
 今はどんなワガママでも聞く。だけど、これだけは、どんなにワガママを言っても他に
誰も代わってやることはできない、ラリスとリリスにしか出来ないのだ。
 小さな子に重い鍵盤を弾かせるのは辛い。「楽園」と書かれた曲の楽譜を握る
ボリスの手が震えている。その手を握られ、ボリスは顔を上げた。
「お父様」
「大丈夫だよ」
 2人は笑った。最初から自分たちの使命を知っているかのように。
「ねぇ、ラリス。何か弾いてみましょ」
「そーだな!」
 2人はピアノの前に座ると楽しそうに不協和音を響かせ始めた。
 ボリスは呆然と双子を見つめるだけだった。自分たちの運命を聞いて、どういう反応を
されるか不安だった。泣き崩れるかと思っていた。
 スミレがボリスの足元に座る。
「強いな……あの子たちは」
 独り言のようにボリスがそう呟く。
「……あなただって十分強い」
 スミレがボリスを見上げてそう言った。

 そして、この日からラリスとリリスは毎日かかさずピアノの前に座るようになった。






 ボリスは玉座に座り、真剣な目で書類の束に目を通していた。
この謁見の間には今、大臣や将軍、魔法使いなども集まっている。みな神妙な
面持ちだ。
「最近、城の近くでモンスターを見ることが多くなってきました。しかも凶暴で
 住人にもけが人が出ております」
 大臣の言葉にボリスはうなづく。モンスターが凶暴になってきたのは、闇の世界の
均衡がなくなってきたからだと彼はスミレに聞いていた。しかし、それを大臣たちに
決して口にはしなかった。
「城壁の強化を。見回りの兵の数も増やしてくれ。それから……」

 バンッ

 突然、扉が開かれる。全員に緊張が走る。
「ニャニャニャニャーーーーーーッ!!!」
 現われたのはスミレだった。ボリスの所まで全速力で走ると、彼の後ろに隠れる
ように玉座の後ろへと引っ込む。
「……なんだ?」
 眉をひそめるボリス。
 そして遅れてやってきたのはラリスとリリスだ。
 ボリスは威厳たっぷりに玉座から立ち上がり、2人を見つめた。
「ラリス、リリス。今、重要な話をしているんだ。追いかけっこなら別の場所でやりな
 さい」
 そんなボリスの言葉を無視して、ラリスとリリスが目を輝かせる。
「ねぇ、ねぇ、父さん。猫ってネズミを捕るのが上手なんだよね?」
「は?」
「厨房にネズミが出るって料理長さんが困ってるんです。だからスミレに退治
 してもらおうと思って……」
 いつもおいしいお菓子を2人のために作ってくれる料理長さんが困っている
のだ。それは大変。ボリスは少し考えると、いじわるそうに笑い、玉座の後ろに
隠れるスミレの背中を掴んだ。
「あぁ、ウチのスミレは超一流の猫だからな。厨房へでもどこへでも連れて
 行ってくれ」
「フニャーー!!!」
 わざと視線をそらすボリスに激怒するスミレ。そして抵抗も空しくスミレは
身柄を拘束され、ズルズルとラリスとリリスに引っ張られながら広間を後にする。
 クスクスと笑みのこぼれる謁見の間。
 天空城に今日もみんなの笑い声が響く。
 ボリスはいつもの無表情な顔に戻るとドサリと玉座に腰掛け、再び書類に
目を通し始めた。






「ほら、その辺にしといて休憩にしないか?」
 ボリスの声にラリスとリリスは演奏を止めた。2人のピアノの上達は早く、
たいていの曲は初見でも奏でるようになっていた。1つの曲を2人でパートを
分けて演奏しているのが理由だし、何より2人は音楽が好きなことが上達の
早い理由だった。
 バルコニーに出る。天空城は今日も快晴。心地よい風が吹き、小鳥のさえ
ずりが聞こえる。
「ショートケーキに オムレット♪」
「シュークリームに モンブラン♪」
 2人が楽しそうに歌をうたう。
「♪エクレア クレープ レアチーズ ……っと」
 ボリスは2人の歌の続きをうたうと料理長が作ってくれたケーキと用意してく
れた紅茶をテーブルに置く。うれしそうにラリスとリリスがケーキを食べ始める。
足元で「にゃおん」と鳴いたスミレにボリスは牛乳を入れた皿を床に置いた。
「ねぇ、父さん」
「なんだ?」
「父さんって、昔の記憶がないって本当?」
 ラリスにそう聞かれ、ボリスはティーカップを持つ手を止める。
「……誰に聞いたんだ?」
「大臣がそう言ってたんだ」
 確かに、ボリスは昔、記憶喪失になったことがあった。それはこの城を
乗っ取った夢幻魔王の手下のモンスターのせいで、そのモンスターを倒して
から彼の記憶は戻った。
 だが、不安にかられることはある。全て思い出していないのかもしれない、と。
大人になりただ忘れてしまっただけかもしれない。でも、思い出していない
ものがあって、それが大切なものかもしれなかったら、そう思いボリスは
昔を思い出そうと物思いにふけることがたまにあった。
「あのね、お父様。ラリスとすごく話し合ったんだけど、私たちが『再生力』を
 もって生まれてきたのはお父様のためじゃないかって、思うんです」
「ボクたちが父さんに『力』を使えば、記憶だってあっという間に戻るじゃん」
 ボリスは面食らった顔で2人を見つめた。そんなこと、一度も考えたことが
なかった。スミレはふと顔を上げて両者を見たが、何もなかったようにまた
丸くなり目を閉じる。
 ボリスは一瞬考え、それからラリスとリリスに微笑む。
「いや、いい。ありがとう、その気持ちだけもらっておくことにする」
 我が子の命を犠牲にしてまでも取り戻したい記憶なんて、あるわけがない。
 いつまで続くかわからない、1秒でも長く「今」のこの時が続けば。今、幸せな
この時さえ忘れなければ、それで十分だ。
 ラリスとリリスも顔を見合わせ、納得したようにうなづいた。





 ──そして、運命の日は、訪れる。





  



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