第15話  天空城、過去・現在・そして未来へ
─ そ の 4 ─




 ボリスはその日もいつも通り朝から謁見の間の玉座に座り、公務をこなしていた。
王宮占い師が最近の星の輝きが妙だと言い、大臣や将軍たちは口を閉ざし、広間
は重い雰囲気に包まれている。
 
 その時だ。

 バンッ!

 突然 扉が開かれ、1人の兵士が広間に駆け込んできた。
「何事だッ!」
 全員がその兵士を振り返る。その兵士は片膝をつき、ボリスに頭を下げると荒い
息をしながら顔を真っ青に報告する。
「モ、モンスターの大群が攻めてきましたッ!」
 全員に緊張が走る。
 ボリスは立ち上がった。手に持つ長身の杖を力強く握る。
「戦える者は武器を手に取れ! 後の者は下の階層に避難するんだ。
 子供、老人を先に避難させよ」
 モンスターが勢いづいていたのは知っていた。しかし、まさか、こんなに早く
この時が来るなんて……。
 ドンッ
 城内が揺れる。モンスターの攻撃が始まったのだ。
 外から住人たちの悲鳴が聞こえ、謁見の間にいた兵士、魔法使いたちは次々と出て
行った。
「父さん!」
「お父様!」
 その声にボリスは振り返った。騒ぎに気付き、自室から出てきたラリスとリリスが
ボリスに抱きつく。
 そう、──モンスターの狙いはこの2人だ。
 『再生力』を使えるラリスとリリスを消してしまえば、闇の世界は破滅する。それを
モンスターたちは狙っているのだ。
 ボリスは、震える2人を自分から引き離した。
「私は外へ行く。お前たちは避難するんだ」
「ボクたちも戦う!」
「ダメだ!!」
 強く言うとボリスはリリスの足元にいるスミレを睨みつける。
「いいか、ラリスとリリスを頼んだぞッ!」
 スミレがコクリとうなづく。
 ボリスは謁見の間を飛び出した。




 城内に火の手があがっており、避難対象となっている女たちが逃げることなく
消火作業にあたっている。炎を使うモンスターがいるのだろう。ボリスは女たちの
中で指揮を取るメイド長に避難するように指示をしたが、「自分たちは逃げない」と
力強くそう言われ、ボリスはうなづき、その場を離れ、城の外へと出た。
 たくさんの兵士や魔法使いたちがモンスターと戦っている。
「大丈夫か!?」
「は、はい! こちらが優勢であります!」
 見回りの兵士がモンスターの襲撃に早く気付いたこともあり、ボリスたちは不意
打ちをくらったわけではなかった。城壁にはボリス直々の強い防御の魔法がかかっ
ていたし、兵士や魔法使いたちだって毎日ボリス直々のキツーーーイ訓練を受けて
きている。負けない自信がボリスにはあった。
 ボリスは辺りを見回し、一回り大きな獣のモンスターと戦っている兵士たちの
元へ駆けつけた。杖をかかげた途端、天より現われた雷の魔法がモンスターに直撃し、
モンスターは叫びながら霧のように消えていく。ボリス、兵士たちは息をつく暇も
なく、次のモンスターの相手をしにそれぞれの判断で次の行動に移る。


 ガシャー−−−ン!!


 耳がつんざく程のガラスの割れる音。他のモンスターが城内へ進入したのだ。
「他のモンスターはおとりか! くそっ!」
 ボリスは城内へと駆け出した。
 
 城の中は目も当てられない状態だった。つい先ほどまでの整えられた空間は
うそのように、今は破壊されている。
 ボリスが一直線に向かった先は──謁見の間。

 たどりついたボリスは、その目を疑った。

 炎のたてがみを燃え上がらせたライオンのような巨大なモンスターが広間に
いたのだ。闇を灯す赤い瞳、背中には炎の翼、あめ色の大きな体、そして、その
モンスターが口にくわえているのは……。
「スミレ!」
 ボリスは叫んだ。
 モンスターの牙がスミレの体を貫き、赤い血が床にしたたりおちている。その体は
動かなかった。モンスターが首を振り、スミレを投げ飛ばす。スミレは何の反応もなく
床にドサリと落ちた。
 次にモンスターはじわりじわりと……避難したと思っていたラリスとリリスに近づく。
「ラリス! リリス!」
 逃げ遅れたのか、それとも自分たちも戦いに出ようとしていたのか。2人は壁際に
立ち、呆然と目の前の光景を見つめていた。
 一歩ずつ、ゆっくりとモンスターが2人に近づく。
 ラリスとリリスの目には恐怖ではなく、怒りがあった。
 リリスがモンスターに駆け出す。
「でやぁ!」
 炎の体をもろともせず、その蹴りがモンスターの顔面を直撃し、モンスターの首が
音をたてる。
「ギガフロストッ!!!」
 間髪入れずにラリスが杖をかかげて吹雪を起こし、
「らいじん剣ッ!!」
 ボリスが滅多に抜かない腰に装備していた剣でモンスターに止めをさす。
苦しげな咆哮と共にモンスターは霧のようにその場から姿を消した。
「「「スミレッ!!!」」」
 3人はスミレに駆け寄った。ラリスとリリスがスミレの側に座り込む。
「ごめん、スミレ……」
「私たちが逃げようとしなかったから……」
「……」
 ボリスはその猫の無残な姿に耐えられず、顔を伏せる。
 ラリスとリリスを守るため、モンスターと激しく戦ったのだろう。スミレには牙で体を
貫かれた他にもたくさんの傷があった。
 その体はラリスがどんなに回復の魔法をかけても動くことはなかった……。




 ボリスはラリスとリリスを残し、城の様子を見て回った。彼は2人の父親であると
同時にこの城の主なのだ。いつまでも感傷に浸っているわけにもいかない。
 謁見の間で倒したモンスターがリーダー格であったのだろうか、他のモンスター
はその後、逃げ出していき、消火作業も終わった天空城は静けさを取り戻してい
た。
 無残に破壊され、焼け焦げた匂いのする城の廊下を大臣を連れて歩くボリス。
傷ついた兵士たちがあちこちで治療を受けている。
「住人に死者は出たか?」
「いえ、幸いにもおりません。医師のメル殿の話でも重傷を負った者はいないと
 のことです」
「そうか」
 大臣はその後、言いにくそうに喉をつまらせる。
「ただ……国王の飼われていた猫だけが犠牲になり……」
「あれは仕方のないことだ。墓を作って丁重に葬ってやれ」
 ボリスは事務的にそう言った。
 元々、あのダーナの兵士は会った時から大嫌いだった。いなくなってせいせい
するくらいだ。しかし、心の中がズシリと重い。ボリスの心の中で、言い表せない
「何か」が彼の心を苦しめ続けた。……嫌いだったが、確かにスミレはボリスの唯
一の理解者でもあった。それを、失ったのだ。
 スミレを亡くした。彼に代わってラリスとリリスを守りに他のダーナの兵士がやって
来るだろう。 ……いや、もうラリスとリリスを天空城に居させることは出来ない。次も
必ずモンスターは命を狙いにこの城を襲うだろう。「時」が来るまでダーナが2人を
預かるのが一番いいのかも……しれない。
「……?」
 彼の思考は、たくさんの足音により途切れた。
 兵士やメイドたちが慌しく廊下を駆けて行く。不思議に思い、ボリスは立ち止まった。
「どうしたんだ?」
 1人の兵士を捕まえる。
「そ、それがラリス王子とリリス王女が謁見の間にたてこもっているそうなんです」
 そんな話にため息をつき、眉をひそめる大臣。
「なんでまた……こんな時にイタズラはやめていただきたいものですが」
 しかし、ボリスはそれが何を意味するのか理解し、慌てて謁見の間に続く廊下を
走り出していた。



 扉の前にはたくさんの人だかりが出来ている。
 ボリスはそれを押しのけ、扉に手を掛けたが、扉は開かない。
 中からはピアノの音色が聞こえてくる。……『楽園』だ。ボリスの予想は嫌な方に
まさに的中していた。背筋が凍る恐怖がボリスを襲う。
 ボリスは扉を叩き出した。
「おい、お前たち、やめるんだ! 『力』を使っては
 いけないッ!!」
 いつも冷静沈着なボリスが激しく取り乱している。その姿に、集まっていた人々は
驚いた。構わずボリスは扉の向こうへ呼びかけた。
 骨が砕けそうなくらい扉を叩いても、喉が潰れるくらい叫んでも、中から聴こえて
くる演奏は止まらない。
 ボリスは人々に後ろに下がるように命令し、自分も数歩後退った。杖をかまえる。
「ファイアーボール!」
 扉が燃え上がり、ボリスは火の中へ飛び込んだ。
 飛び込み、広間の様子を見て、彼は動きを止めた。
 いや……動けなかった。
 謁見の間に、見たこともない小さな銀色の光がたくさん飛び交っている。まるで踊る
ように、幻想的に。
 その奥で、ピアノを引き続けるラリスとリリスの姿。
 床にはスミレが倒れている。

 遅かった。

 光がスミレの周りを飛び、体の傷をふさいでいく。
 ボリス、そして後ろに控える人々はその光景に息を飲んだ。
 ピクッ 
 スミレの体がわずかながら動いた。そして目を開け、ゆっくり体を起こし、不思議そうに
辺りを見回している。
 同時に演奏は終了した。広間を飛ぶ光が徐々に消えていく。
 演奏を終え、初めてその「力」を使ったラリスとリリスの息は荒く、びっしょりと汗をかいて
いる。
 多勢の人がいるのに、この場所は、しんっと静まり返っていた。
「……ッ!」
 ボリスはツカツカと一直線にスミレに歩み寄った。
 ドカッ
 まだ自分の状況を把握していないスミレを、ボリスは蹴った。
 何度も何度も蹴り続ける。
 くやしかった。
「やめて、父さん! ボクたち、全然後悔してないから!」
「スミレは悪くない! 悪いのは私たちのほうでしょう!」
 ラリスとリリスがスミレを蹴り続けるボリスの足に抱きつき、その動作をやめさせた。
「何でお前なんだ……」
 スミレを睨みつけるその声が震えている。

「何でお前なんだッ!!」

 ボリスの大声に、リリスがこらえていた涙をポロポロと流し始める。ラリスが声を上げて
泣き出す。ボリスは泣きじゃくる2人に背を向けて、自分も肩を震わせ声を押し殺して
泣いた。

 運命はもう止まらない。

 その後、ボリスは大臣に命令し、ラリスとリリスを自室へ連れて行かせた。
 謁見の間に残ったのはボリスとスミレのみ。
 スミレは黙っていて何も言わなかった。
「生きろよ……。これは『約束』だ」
 ボリスは呟き、スミレを見下ろす。
「2人にもらったその命、絶対に無駄にするなよ。お前は何が何でも
 生き抜けッ!!  そうじゃないと私の気が……おさまらない」


 せめて2人がもう少し大きくなるまでは、自分の手で育てたかった。でも、それは
もう無理だろう。闇の世界のことに使わなければならない「力」を別のことに使った
のだ。今後、また今のように感情的に「力」を使ってしまう恐れがある。それでラリスと
リリスの命が尽きてしまえば、世界はオシマイだ。それをさせないためにも、ダーナ
は2人の引渡しを必ず要求してくるはずだ。従わなければならないだろう……。

 その夜、ボリスはポポロクロイスのピエトロ王宛に手紙を書いた。彼なら信用できる。
こちらの事情を深く話さなくても、しばらくの間ならラリスとリリスを守ってくれるだろう。
 ラリスとリリスは、スミレことダーナの兵士と共に闇の世界のダーナ神殿に向かう
ことになる。その前に、2人に世界を見せてやろう。自分たちが守る世界を──。


 そして、物語は「プロローグ」へと続く。








  



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