第 5 話  白 い 村 、 春 を 呼 ぶ 歌
─ そ の 1 ─




 次に目を開けた時、エレナはその寒さに目を瞬かせた。
 下弦の月と満天の星が頭上に輝き、足元にはそれに反射して幻想的にキラキラと
銀色に輝く雪。数秒前とは全く別世界。
 ポツリポツリと周りには屋根に雪をかぶった家が並んでいる。

「白い村だわ・・・・・・」

 一瞬のうちに移動した。
 エレナはそんな能力を持つバファンを見つめた。彼は宿屋の中へラリスとリリスを
押し込むように誘導していた。
「おい、寒いなここは」
 白い息を吐きながらバファンがエレナを振り返った。
「1つ、質問させてちょうだい」
 エレナは真っ直ぐにバファンの瞳を見つめる。

「広間であの2人がピアノを弾いている時、あなたはあの2人を
 殺すつもりじゃなかったの?」

 バファンは肩をすくめて笑ってみせる。

「『殺すつもりじゃなかった』」

 その言葉にエレナはうなづいた。

「いいわ、あなたを信じてみる。でも、次に何か不審な行動をしたら私はあなた
 に剣を向けるわ。覚悟してちょうだい」
「・・・・・・」
 バファンは何か言いたそうだったが結局言うのをやめ宿屋に入った。エレナ
もその後を追う。



 こじんまりとした宿屋だった。あちこちに剥製の置物が並んでいる。
 カウンターの側にある暖炉の前にラリスとリリスはしゃがみ込んでいた。
 しばらくして宿屋の主人が眠い目をこすりながら現われた。不審そうな目で
真夜中の客人──エレナたちを見ている。時計は既に2時をまわっていた。
「あの、夜分遅くにすみません。4人泊めていただきたいのですが・・・・・・」
「いや、泊まるのは3人だ」
 バファンがカウンターに身を乗り出して宿屋の主人に言う。エレナはムッと
してカウンターをドンッと叩いた。びくっと体を強張らせたのは宿屋の主人。
一発で目が覚めたようだ。
「あなた、野宿でもする気? 凍死するわよ
「オレは金を持っていない」
「大丈夫。私が払うわ」
「あんたに貸しを作るつもりはない」
「大丈夫って言ってるでしょう」
 エレナはトランクから財布を取り出した。彼女のとは到底思えない皮製の
ゴツイ財布である。

「宿泊費はにいさまのお金で払うから。
          ちゃっかり拝借してきたの


「あんたはオレを信じると言ったが、
   オレにはあんたの行動が信じられないね(汗)」

 エレナはこっそり城のお土産部屋から持ってきたピエトロの財布の中身を確認した。
新しいお土産でも買う予定があったのか、財布はずっしりと重かった。中には金貨に
銀貨に・・・・・・それからレシートか領収書らしき紙切れが入っている。白い村で何泊か
しても十分おつりがくる金額が入っていた。
 宿屋の主人はカウンターで宿帳に記入しながらエレナたちを「若いっていいなぁ」と
思いながら見ていたが、カウンターから身を乗り出してエレナの胸元の紋章を見つめ
ると、しゃんと背筋を伸ばした。
「あ、えーっと、もしかしてポポロクロイスの方ですか?」
「えぇ、そうよ。4人、泊めていただけるかしら?」
「そりゃもう、どうぞどうぞ。いいお部屋を用意しますんで」
 宿屋の主人は気前良くうなづいた。






 ──華の女湯

 白い村の名物でもある温泉。さすがに深夜なので、そこには誰もいなかった。
エレナとリリスは冷え切った体を温めようと温泉に入った。
「はぁー、あったかーい」
 肩まで温泉の湯につかり、リリスは甘い声で呟いた。
 エレナも同様、体の疲れがとれていくのを身をもって感じる。温泉につかり
エレナは自分の体を見つめた。手と足に幾つもアザが出来ている。王家の洞窟で
モンスターと戦ったときに出来たものだろう。今日はいろいろなことがありすぎて
ピエトロと散歩をしたのが今朝ではなく遠い昔のように感じる。
「ねぇ、エレナ様。この温泉にはおサルさんも入りにくるそうですよ。会いたいなー」
「そぅ? サルにはもう懲り懲りよ、私は会いたくないわ」
「ふふっ」
 楽しそうに笑うリリス。まぁ、ラリスとリリスとの最初の出会いはサルがきっかけだった
し・・・・・・。エレナもつられて笑いながら、柵の向こう側を気にしていた。チラチラと
頻繁に目を向けている。


 ──男 湯のほうが エレナには 気 に な る ら し い 。


「だったら一緒に覗きましょうか?」
 サラリと言うリリスにエレナは顔を真っ赤にした。
「な、なななななななななに言ってるのよ!」
「冗談ですよ、ジョーダン」
 クスクスと笑うリリス。
 エレナが心配なのはバファンにラリスを任せたことだった。温泉に入るの
だから男湯と女湯にわかれるのは仕方ない。バファンを信じると言ったものの
ラリスの身に何かあったらどうしよう、とエレナは気が気ではなかったが・・・・・・。
 柵の向こうからラリスとバファンが大声で笑い、お湯をバシャバシャと叩き
はしゃぐ声を聞いてひとまず安心した。
「バファン様はエレナ様が思ってるような悪い人じゃないから大丈夫ですよ」
 リリスにそう言われ、エレナは顔を上げた。
「どうしてそう思うの?」
「だって、顔がカッコイイですもの!!」
 拳を握ってうなづくリリスに、ガクッとコケるエレナ。
「あーのーねーーー(ーー;)」

 実のところエレナはリリスに聞きたいことがあった。「再生力」と呼ばれる
力のこと、ポポロクロイスを出てきたこと、バファンのこと・・・・・・。でも、
何だか聞ける雰囲気じゃないなと察してエレナはそのことには触れなかった。
双子を傷つけることになるかもしれないし、まだ先は長いのだ。いくらでも
尋ねるチャンスはあるだろう。

「さてと、リリス。髪を洗ってあげるわ。それだけ長いと大変でしょ」
 エレナはくるくるとしたくせのある髪なので、小さい頃から髪を伸ばすことは
しなかった。兄のロンゲを羨ましく思ったこともあったが、それはまた別のお話。
サラサラなリリスの髪がちょっとだけ羨ましいエレナ。冒険の旅が好きな彼女も
女の子ということだ。
 そこへラリスの声が柵の向こうから聞こえてきた。
「リリスー。先にあがって待ってるぞーー」
「うん、わかったーーー」
 リリスも大きな声で返事をする。
「リリス、ちゃんと目をつぶってないと痛い目みるわよ?」
「はーーい」
 エレナに髪を洗ってもらいながら楽しそうにリリスが笑う。
「ねぇ、エレナ様?」
「なあに?」
「温泉と言えば卓球でしょう。後でみんなで卓球しましょうね」
「ハイハイ」
 エレナも笑う。
「せっかく地上へ降りてきたんだから、楽しい思い出たくさん作らないと」
 リリスが自分に言い聞かせるように呟く。エレナは黙ってリリスの頭にお湯を
かけた。





 ──そして、深夜3時から4人で凄まじい卓球大会が行われたのは書くまでも
 ない事実である。




  


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