第 5 話  白 い 村 、 春 を 呼 ぶ 歌
─ そ の 3 ─




 男湯で大絶叫し、そのショックで雪原へ飛び出し、頭を冷やして、ついでに
機嫌の悪い彼女の前に現われてしまった不運なモンスターを返り討ちにし、
ようやく気分を落ち着かせたエレナが宿屋へ戻ってきたのは日もすっかり沈ん
だ頃だった。
 部屋では、お腹をすかせたラリスとリリス、それからバファンがトランプをしな
がらエレナの帰りを待っていた。そういえば、軽食程度で、昨夜のパーティーから
まとものな食事をとっていない。エレナは兄の財布を片手に宿屋の主人に食事の
出来る場所を尋ねた。


 そして、宿屋の主人に教えてもらった場所で夕食をとることになったのだが・・・・・・。
「ええっと・・・・・・ここは」
「酒場じゃん」
「おい、もっと他になかったのかよ?」
「しょうがないでしょ。村で唯一の飲食店。ここで食べて来いって言われたんだから!」
 その酒場はそれなりに活気をみせていた。
 小さな村、ここには村人の半分以上がいるという感じだ。狩りに成功した村の男
たちがジョッキを手に盛り上がるテーブルもあれば、家族連れのテーブルもある。
ラリスとリリスと雪で遊んでいた村の子供たちもいた。ラリスとリリスが手を振ると、
相手の子供たちも笑顔で手を振った。すでに友達らしい。 
 ここは、酒場と看板が出ているものの、みんなに親しまれている場所なのだろう。
 エレナたちは空いていた隅のほうの席に座るとカウンターのおじさんに注文
をした。さすがに豪華な料理はない。村で手に入れることの出来る材料で
作られた素朴な料理がテーブルに並べられ、エレナたちは食した。
それがなかなか美味しく、酒場に人が集まるのも納得できる気がする。寒い地で
出会ったのはとても暖かな人たちばかりだ。


「ハーピエルッ!!」
「幻影をみせる歌声ッ!!」
 食事も終わり、一息ついていたところで、会話繋ぎにとエレナは自分の海での
冒険を話していた。
 初めての航海、出会った仲間のこと、伝説の剣のこと・・・・・・自分でも思い出し
ながら。そこでエレナは、ハーピエルの話をしていたのだが、その話がラリスと
リリスは異様に気に入ったらしい。2人が目を輝かせて口を揃える。


「「会ってみたい〜〜!!」」


 そんな双子にエレナはガクッとコケてみる。コケながら、この子たちは音楽が
本当に好きなんだなと改めて思う。
「あのねぇ、リリスはともかくラリスは会った途端に幻影に惑わされて食べられ
 ちゃうわよ」
「そんなことないって。頑張るからさ!」
「頑張るとか、そういう問題じゃないの! 幻影はとっても危険なのよ」
「危険?」
「そう。ハーピエルの歌声は船乗りには恐れられているんだから」
 そんなエレナの言葉にラリスがニッと笑う。

「じゃあさ、男の人限定とかそーいうんじゃなくて、全ての人に」
「危険じゃない幻影なんてどうですか?」

「え?」
 ガタッ
 ラリスとリリスは顔を見合わせうなづくと、立ち上がった。
「ちょっと、何をするつもりよ?」
「まぁ見ててよ」
 酒場の隅、エレナたちのテーブルの後にあったのは、誰も使っていないホコリの
かぶったリードオルガンだ。何年も日の目を見ていなそうな古い型のものだ。
 イスを移動させ、2人がオルガンの前に座る。
「ねぇ、弾かせていいの?」
 不安そうにエレナはずっと黙って成り行きを伺っていたバファンを見つめる。
「別に『力』を使うわけじゃない。問題ないだろ」
 口ではそう言うものの、バファンの表情は険しかった。エレナがオルガンの
前に座る2人の背中を見つめる。






 じゃーーーーーーんっ!!


 まるで雷のように、めいっぱいの音量でラリスとリリスが鍵盤を叩く。
「うわ!」
「なんだ、なんだ!?」
 その鋭い不協和音に驚いた人々が何事かとオルガンを振り返る。
「いくよ、リリス」
「うん」
「「せーの!」」
 そして、呼吸を合わせ2人は演奏を始めた。
 眠りし命を目覚めさせるような春雷から、オルガンは明るく柔らかなメロディーを
奏で始める。酒場にいた人々がそのメロディーに耳を傾ける。
「あっ」
 エレナが声を上げ、そのメロディーに合わせて体を揺らし始めた。
 ポポロクロイス城の広間で弾いていた曲とは違う、それは、エレナの知って
いる曲だった。ポポロクロイスにも昔から伝わりうたわれている歌。


明日へつなぐ今が・・・・・・
          旅立ちの時だから  」


 エレナが立ち上がり、曲に合わせて歌い始めた。


色のない世界で見た虹に 悲しくて 涙あふれた
  小指でかわした約束  いつかきっと叶えると誓った場所

 神様の試練も 竜のイタズラも  
  越えていける自信があるの   南風 春を運ぶ 音がする

 ししのかんむり 飛び越えて 
   たどりついた草原には ほら・・・・・・希望の花が 咲いている 」


 辺りに変化が現われる。酒場が雪原に変わり、そして波紋が広がるように
千紫万紅の花畑に姿をかえたのだ。
 人々から、わぁっと歓声があがった。澄んだ青い空の下、色とりどりの花びら
が風に乗って人々の間を舞う。白い村の人々もこれほどの花畑を目にしたこと
はないのだろう。ラリスとリリスの見せる幻覚だとわかっているのに、そこにい
る誰もが音色に引き込まれ、その美しさに一歩も動けない。
 そんな中、エレナは歌いつづける。


音のない世界でうたう歌は 私に勇気 与えてくれた
  旅に出てわかった魔法(こと) 奇跡、きっと起こせるこの手で

 絶望の祈りも 時のタタカイも
   争いよりも手を繋ごうよ   春風 花びらが 草原を舞う

 白い魔法を 七色に変えて
   変わりはじめた世界には ほら・・・・・・希望の花が 咲き始める


 ラリスとリリスは楽しそうにオルガンを弾いている。エレナはこれほど人々を
魅了する力を持つ2人に心底驚いていた。

 そして、人々の笑顔のこぼれる花畑の中で、バファンだけは笑っていなかった。
彼は腰をかがめ、足元の花を手に取ろうとしたが、それは幻影で、花をその手に
摘むことは出来なかった。バファンの目の前を一匹の蝶が飛んでいく。彼はその姿を
追った。蝶は青い空へと消えていく。


二度と失わないように 希望の種 
       そよ風よ 世界へと運べ
  
  あなたとの 約束の場所へ
    輝き始めた世界へ さぁ・・・・・・希望の花が 明日へとつなぐ 」
 

 歌い終わったエレナがバファンが摘もうとしていた幻影の花に手を伸ばす。
花はエレナの手の中に摘まれた。
「しょせんは幻影だ」
 吐き捨てるように言うバファン。エレナは優しく微笑み、その花をバファンへ
差し出した。
「たとえ幻であっても、私は信じたい。人々の心に響くこのメロディーは本物よ。
 私は2人の力を素敵だと思う。願わくば、あなたの心にも春のあたたかな
 優しい日差しが届きますように・・・・・・」
「・・・・・・」
 バファンがエレナの手にある花へそっと手を伸ばす。しかし、ちょうど曲が
終わり、花は消え、辺りは酒場へと戻るのだった。




  


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