第6話  いざ雪原へ、北の大地から’05
─ そ の 2 ─




 2隻の雪上帆船を襲おうと現われたモンスター。全長7、8メートルはある
だろう。体毛はなく氷の塊のようなモンスターだ。赤い目をギラリと光らせ、
雪の中を自在に動き、エレナたちに近づいてくる。

「簡単に氷の魔王の城まで行かせてくれないようね」

 エレナはモンスターを睨み、立ち上がった。剣を引き抜こうとするが、船体が
グラリと揺れ、彼女は尻餅をついた。
「いったーい。ちょっと、ホントに運転下手ね、あなた!」
 バファンを怒鳴りながら視線をモンスターへと戻す。
 モンスターはラリスとリリスの乗る雪上船を襲おうとしていた。モグラのように
雪の中を高速で移動している。モンスターは双子のヨットに追いつくと、地上に
姿を現し、ヨットに襲い掛かった。口を開け吹雪を吐き出す。2人はなんとかそれ
をかわし、逃れた。モンスターは再び、雪の中へ潜り込む。
 エレナが双子の船にドキドキしながらモンスターの次の行動を伺う。
「ねぇ、バファン。あなた、あのモンスターを仕留める自信はある?」
 そう言われ、マストに手を伸ばし、風の抵抗を減らそうと努力していた
バファンがエレナをチラリと見る。
「もちろんだ!」
 力強い口調にうなづく。
「わかった。運転を代わるわ。場所を移動してちょうだい」
「なッ! あんたは操縦の仕方を知らないだろ」
「大丈夫、見て覚えたわ」
 サラリと言うエレナに呆れた顔をするバファン。確かに、彼の操縦ではモンスターを
退けることは難しい。今、襲われれば、双子を助けるどころか、こちらの転覆は免れな
いだろう。
「あのな、これが結構難しいんだぞ」
「とにかく、代わってちょうだい!」
 エレナに強く言われ、バファンは渋々場所を交代した。


「よしっ、気合いを入れてやりますか!」
 エレナが舵を取ると、船は生まれ変わったように見事な走りを見せ始めた。
帆に力強く風を受け、ぐんぐんスピードを上げ、モンスターに近づいていく。

 モンスターの姿を確認し、バファンが腰の剣を引き抜いた。猛スピードで走る
船の上で彼は安定して立っていた。エレナの完璧な操縦は文句の付け所がない。
 モンスターが近づいてくるエレナたちの船に気付き、こちらに向き直った。
口から吹雪を吐き出すモンスターの、その壁のような大きさにエレナは近くまで
行き、急に船の向きを変えた。さすがに正面からはマズイと判断したのだ。
回り込んだ方がいい。
 モンスターは図体が大きいわりに素早く、エレナたちの船が離れると今度は
双子の船を襲おうと向きを変えた。運転をするのはリリス。接近戦の得意な
リリスに操縦を任せ、ラリスは杖を持ちモンスターに魔法攻撃をお見舞いしよ
うとチャンスをうかがっている。
 エレナはもう一度船をモンスターに向け走らせた。
 バファンが剣を構えなおす。
「いい、一回勝負よ?」
「任せろ!」
 エレナが双子のヨットの動きを見る。襲い掛かろうとするモンスターを前に
ラリスの魔法の杖が赤く光る。
 真横からの風を帆に受け、エレナは船のスピードを上げた。モンスターの背後に
つける。
「ファイヤーボールッ!」
 ラリスの放つ炎の弾丸がモンスターを直撃。
 周りの雪を溶かしながら燃え上がるモンスターにバファンは船から飛び、モンス
ターに斬りかかった。

「うぎゃーーーーーーーーッ」

 モンスターが唸りながらその場に倒れた。霧のようにその姿が掻き消えていく。



 船から飛び降りたバファンは雪の上を何度も転がり、やっとのことで止まった。
宣言通り、一撃でモンスターを倒したのだ。

 エレナは船を停止させるとバファンに駆け寄った。手を差し延べる。
「大丈夫?」
「あぁ。このマントがファイアーボールの炎を無効にしてくれたし、雪がクッショ
 ン代わりになってくれて、怪我もしなかった」
 バファンは感心したようにエレナの購入した火ネズミのマントを見つめ、それ
からエレナの手を取り立ち上がった。寒さにも熱にも強い火ネズミのマント。
白い村の防具屋さんに少なからず感謝する。

 ラリスとリリスも船を停止させ近寄ってきた。
「いや〜、スリル満点で楽しかったよな」
「エレナ様、私の運転上手だったでしょう?」
 怪我もしていないようで、2人の言葉にエレナは安心してため息をついた。安心
というより、まぁ、予想通りの感想が返ってきたなぁというため息だったりする。
「それにしてもエレナ姫、あんたのヨットさばきは見事だな。乗ったことあるのか?」
「ふふ、海ではね。雪の上では始めてだったけどほとんど同じだったわ。久しブリに
 風を切って走って気持ちよかったわ」
 エレナは笑った。バファンも彼女の操縦には感心するしかなかった。あれだけ村で
操縦方法を聞いても、彼はなかなか上手く乗りこなせなかったのに……。才能、という
ヤツなのかもしれない。
「さ、ほら、見えてきてるわよ」
 エレナが北を指差した。銀世界の向こうに白い塔のような山がうっすらと見え
ている。あそこが昔、氷の神殿のあった場所だ。
「行きましょう」
 4人は再び船を走らせた。





 そして、雪上船は氷の魔王の城があった場所へ辿り着いた。
 そこには当時の氷の神殿の残骸らしい氷の山があるだけで、本当になんにもない
殺風景な場所だった。人があまり近づかないと聞いていたが、動物たちもいないよう
だ。
 ラリスとリリスがサクサクと雪を踏む音を楽しみながら辺りを歩き回り、エレナは
錨のない雪上船を近くの氷に縄で縛り付けていた。
「氷の魔王・・・・・・か」
 バファンが睨むように氷の山を見上げた。

 ──氷の魔王とは、エレナの兄・ピエトロが10歳の時に倒した魔王のことである。
母親を救うべく闇の世界へ行き、氷の魔王を打ち破ったピエトロ。この場所は、闇の
世界を出た氷の魔王の魂が復活を果たそうとした場所だ。

「兄さまは本当に勇者だわ」
 改めてエレナは呟いた。誇らしく思う分、追いつけないもどかしさがエレナの心を
締め付ける。
「さてと、お弁当を食べましょうか!」
 気を取り直し、エレナは酒場のマスターからもらったお弁当を取り出した。マントと
同じ火ネズミの皮で包まれていたお弁当は保温効果もあったのか、中から出てきた
ものは温かく、水筒のスープはまだ湯気が出ていた。
 4人はその場で昼食を済ませた。
「それじゃあ日が落ちる前に村へ戻りましょう」
 エレナは立ち上がった。北の大地は、太陽の出ている時間が短い。日が沈めば
気温がぐんと下がり、危険だ。また先ほどのようなモンスターに出会うかわからないの
で早めに白い村へ帰るべきだろう。

「動くなッ!」

 バファンの声にエレナは立ち止まった。バファンが剣に手をかけ、辺りの様子
を伺う。ラリスとリリスにも緊張が走る。
「オレたち以外に、誰かいるぞ・・・・・・」
 バファンがラリスとリリスを守るように剣を抜く。辺りは氷の塊があちこちにあり、
誰かが隠れていてもおかしくはない。
 エレナも辺りを伺いながら剣を抜いた。
「誰? いるなら出てきなさいッ!!」
 氷の塊に向かって叫ぶ。

 カサッ 何かが動いた。

「お、お前は・・・・・・!!! なんでこんなところに!?」
 バファンの顔に驚きの表情が現われる。


 辺りに粉雪まじりの冷たい風が流れた。



  


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