第9話  フンバフンバ村、男を賭けた女の戦い
─ そ の 1 ─




 ガミガミ魔王の話では、順調に行けば明日の朝にはラダック仙人の住む
剣の山のふもとのハタハタ村に到着するという。
 エレナはデフロボに案内され個室へ移動した。休める時に休んでおいたほう
がいいというガミガミ魔王の粋な配慮だった。
 鉄板で作りました、という感じの一面灰色の寂しい印象を受ける小さな部屋。
そこにあるのは1台の固そうなベットとその側に机。小窓から見える外の景色は
オレンジ色に染まろうとしていた。夕方が近づいているのだろう。
 エレナはベットに腰をおろした。寝ておけとバファンに言われたが、1人に
なるとラリスとリリスのことを必要以上に考えてしまい、眠れそうになかった。
 ラリスとリリスがいつもあんなに無邪気に笑っているから、バファンに真実を語られ
るまでエレナは2人の「力」のことを今までそんなに深く考えていなかった。
世界の運命を背負う大切な使命を持っているなんて思いもしなかった。
(会いたい、会わなくちゃ・・・・・・でも、会って自分はどうしたいんだろう)
 闇の世界へ行くことの不安でエレナは押し潰されそうだった。

 1人で物思いにふけっていた、その時・・・・・・



 フワリ・・・・・・



「え?」
 エレナは顔を上げた。
 目の前を銀色の小さな光が通り過ぎたのだ。それは、知恵の王冠が壊れた晩
に、広間で見かけたのと似た光・・・・・・。
 その光は踊るようにエレナのいる部屋を飛ぶとスッと消えた。
 そして、聞こえてくるのは笛の音。忘れられない曲、聞こえてくるのは、ラリスと
リリスがポポロクロイス城の広間で演奏していた「再生力」を使う時に弾いていた曲だ。
「この曲は……?」
 エレナは慌てて部屋を出、音のする方へ廊下を駆け出した。




 ──空王丸、最上部のデッキ。
 超高速飛空艇とうたっているものの、心地よい風の受けられる場所だった。
夕方のオレンジ色の空の下、風に乗って音色が聞こえてくる。
 笛を吹いていたのは馴染みの青年だった。周りの様子を気にとめることなく、
鉄の箱の上に腰掛け、目を閉じ、気ままに横笛を吹いている。その音色を聞きに
集まってきた鳥たちが夕焼けの空に空王丸を囲むように飛び交う。

「バファン!!」

 その演奏者にエレナは声を上げた。
 驚いたバファンが演奏を中断し、エレナを振り返る。音楽が止まった途端、
空王丸のエンジンの音と風のうなる音がエレナの耳に響き始めた。鳥たちが
一斉に空王丸から離れていく。
 バファンが眉をひそめる。
「エレナ姫、そんな怖い顔して、どうしたんだ?」
「だって、今の曲は・・・・・・」
「あぁ……」
 バファンは口元にあてた横笛を振ってみせた。長さは40センチほどの青く美しく
塗られた細身の横笛である。いつも彼の腰にある剣と一緒に固定されていたのを
エレナは見ていた。それが笛だったのは初耳だが。
「上手いもんだろ。ま、ラリスとリリスの演奏には劣るけどな」
「その曲は、再生力を使う時の・・・・・・?」
 そう、ラリスとリリスがポポロクロイス城の広間で奏でていた曲と同じである。
バファンに初めて出会ったのも、この曲が流れている最中だった。
「あぁ、別に光の意思デュオンに選ばれたわけじゃねーし、オレが奏でたっ
 て何の力もありゃしないさ。あいつらが弾くってことが重要なんだ。それに
 闇の世界で2人が弾くパイプオルガンの大譜表はあいつらにしか弾けないしな」
「そう・・・・・・なんだ」
 エレナは落ち着きを取り戻し、うなづいた。
 バファンは横笛を片付けようと麻布にくるみ始めた。それをエレナが止めた。
「待って。ねぇ、私にも今の曲、吹けるかしら?」
 エレナの言葉にバファンが手を止め、怪訝な顔でエレナを見る。
「一度聴いたら忘れられない良い曲ね。私、トランクにオカリナを持ってるの。
 にいさまのものなんだけど・・・・・・ううん、それは盗んでないわよ。もらった
 のよ。オカリナなら吹けるわ!」
「にーさまのオカリナか・・・・・・」
「あなたのその笛は?」
 エレナにそう聞かれ、バファンは自分の横笛を夕陽にかざした。
「オレのは……闇の世界を出る前にダーナにもらった」
 バファンが懐かしそうに口元を緩ませる。何か思い出のある大切なものなのかも
しれない。
 エレナがオカリナを取ってこようとデッキを降りようとした時、バファンがエレナの
背中に呼びかけた。
「なぁ、エレナ姫」
「なに?」
 と、振り返るエレナ。
「エレナ姫、あんたはこの曲のタイトルを知っているのか?」
 彼のその口調は重くて暗く、だが、どこかからかっているようにも感じる。
「いいえ、知らないわ」

「再生力を使う、この曲の名は……『楽園』だ」

「・・・・・・楽園?」
 エレナは首を傾げた。命という代償を払って使う再生力──それを発動させ
るために奏でる曲が『楽園』。なんて不釣合いな曲名なのだろう、とエレナは
思う。
 と、その時だ。


 カンッ


 その音に2人はさっと剣に手を掛けた。隙無く辺りを伺う。
 一瞬にしてとても邪悪な気配が空王丸を包み込んでいく。悪寒が走り、
エレナは身を震わせた。
「なに・・・・・・?」
「わからない」
「もしかして、ダーナの兵士?」
「まさか。もうオレたちに用はないはずさ」
 辺りを伺い、耳をすませる。エンジン音が響く中・・・・・・。

 カンッ

 もう一度聞こえた。空王丸にあたる”何か”の音・・・・・・。


 カンッ


 そして、2人のいるデッキに雨のようにそれが降ってきた。
 矢だ。


『こらーーーー! お前ら、んなとこで何やってんだ!
  死にたくなかったら船内に引っ込んでろーッ!!!』


 ガミガミ魔王の船内アナウンスが2人に飛び込んできた。この船が攻撃されて
いるということは間違いないようだ。
 エレナとバファンは矢をよけながら船内へ駆け込んだ。




「なんなの、どうしたのよ?」
 エレナとバファンはコントロールルームに入った。
 コントロールルーム内は騒がしく、誰もエレナの問いに答えようとはしない。
ガミガミ魔王が指揮をとり、この場を振り切ろうとデフロボが操縦桿を握る。
 目の前のスクリーンに映し出されているのは、広大な森と、森から発射される矢、
それに石の砲弾。
 ガクン 空王丸が大きく揺れる。
「魔王様、右の主翼がやられたデフ!」
 デフロボが瞳を赤青に点滅させる。
「うぬぬ・・・・・・」
 ガミガミ魔王は歯軋りした。エレナたちを振り返る。
「おい、お前ら、座ってシートベルトをしろ」
「なんでよ?」
「しなければ、あと10秒前後で魂だけで闇の世界へ行けちゃったりする
 なーんて気がする」

 イコール死。

「なんですって?!」
 エレナとバファンは席につくと、衝撃に備えた。






  



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