第0話5
「はじまりの、瞳の扉のその向こう側」
さっきまでの大嵐が、まるで嘘のよう。
静けさを取り戻した海に、ダカート号は浮かんでいた。
空高く浮かんでいたヤズムは、ゆっくりと甲板に降りてきた。ダカート号のみんながヤズムを
迎え入れる。
「お前、すごいんだな!」
「嵐をしずめるとは、いったいどんな魔法なんだ!?」
[ 一時的に雲を払っただけだ。この指輪を処分しない限り、呪いは続く。もっとひどいことに
なるぞ ]
みんなに囲まれたヤズムは嫌そうな顔をしながらも、答えた。
しかし、こいつらが、人の顔色をうかがうような連中ではなく……。
「よーーーーしッ!! 食堂の料理を甲板に運べ!
飲んで、食べて、歌って、騒いで、
今日はヤッさんと一緒に宴だーーーッ!!」
「「「アイアイサーーー!!」」」
みんなが声を張り上げ、ガッツポーズ。ずぶ濡れの甲板をモップでさーっと掃除し、食堂から
テーブルごと甲板に食事を運ぶ。
みんながテキパキと動く中、ヤズムは呆然としてその場に突っ立っていた。
──こいつらの神経がわからんッ!!
[ おい、お前たち…… ]
「いいじゃないか。嵐を消してくれたお礼だよ。今日はパーッとやろうじゃないか!」
ベルにそう言われ、ヤズムの顔はさらに曇った。
[ 我は、『闇』だ。 我と一緒にいれば、お前たちの心を闇に染めていくことになる。 一緒にいない
ほうがいい……]
「俺達は海賊だって、最初に言っただろ」
ヤズムの言葉に、そうドノバンが返した。
「通りかかった船を襲って金品を巻き上げて、酒を飲んで毎日を過ごしている。汚いことも
いろいろやってきた。十分、悪人だ。日のあたる場所じゃなく、闇の場所で生きている」
「だから、あんたを引き合わせちまったのかもしれないね」
ベルが寂しそうに笑う。
[ …… ]
沈黙。
さわやかな潮風が甲板に流れる。
[ うっ……! ]
ヤズムが、口に手をあて、ビリーからバケツを奪い取った。
[ 気持ち悪い…… ]
「こんな、ないだ海で船酔いなんて、あんた……本当に船に弱いんだねぇ」
[ やはり、扉の向こうへ帰るッ ]
よろよろと歩きだしたヤズムに、さっきからやり取りをじっと見ていたトードがボソッと呟いた。
「ヤッさん、飛べるなら、何センチか床から浮いていたらいい」
なんと、これは盲点ッ!!!
トードに言われたように、ヤズムは床からほんの少し足を浮かせた。なるほど、船の揺れは何も
感じない。
ベルが笑った。
「さぁ! 私が腕によりをかけて作った料理だよ。たんと食べておくれ」
ヤズムは、仕方なく、宴会とやらに付き合うことにした。
みんなが酒を飲み、料理を食べ、踊り、歌をうたう。彼は、料理にもほとんど口をつけず、
黙ってダカート号のクルーを見ていた。
ヤズムが不思議に思ったのは、誰も自分の素性を詳しく聞きたがらないところだった。名前も
「ヤ」しか発言していないため、みんな勝手に「ヤッさん」と呼ぶが、それ以上は何も聞かれない。
海賊をやっているというこの船の連中も、お互いのことをあまり知らないのかもしれない。それぞれ
個人のことを詮索しないのが、この船のルールなのかもしれない。そう思う。
「飲んでるかね、飲んでるかね? この酒はうっまいぞーーーん!!」
妙なおっさんに、からまれるが、ヤズムは適当にあしらった。
宴会は、朝方まで続いた。この時間になると、ほとんどの者が眠ってしまっていた。テーブルで突っ伏
して眠ってしまった者もいれば、甲板で大の字になって大きないびきをかきながら眠ってしまっている
者もいる。呪われている状況なのに、なんて無防備なのだろう。
オレンジ色に染まる東の空をヤズムは睨んだ。
[ そろそろ帰らねば…… ]
「その指輪は、どうするんだい?」
食堂へ向かおうとするヤズムを引きとめたのは、ベルだった。他の者は全員眠る中、ベルと
ヤズムは対峙した。
[ …… ]
ヤズムは、ずっと握りしめていた掌を広げた。呪われた金色の指輪がそこにはある。
[ これは、我が処分しておこう。これでお前たちは、呪いから解放される ]
「でも、この指輪がなくなれば、あんたとのつながりは……」
[ もちろん、なくなる。 扉も元通りだ ]
「指輪は、置いてってもらうよ!」
キッパリとベルが言い、ヤズムに手を差し出す。
[ … … ]
ヤズムとベルは、しばらく睨みあっていた。
さらに空が明るくなってくる。
先に折れたのはヤズムだった。
[ 好きにしろ ]
ヤズムの手からスルリと指輪が落ち、甲板を転がった。
ベルが駆け寄り、指輪を拾う。
そして、振り返ると、そこにはもうヤズムの姿はなかった。
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