第0話7
「はじまりの、瞳の扉のその向こう側」
次の日の夜、月食が始まる頃に、ダカート号クルーは総出でヤズムのところを訪れていた。
食堂では、たくさんの料理が用意され、ヤズムを迎え入れる準備は万端である。
[ は …… ?]
ドノバンの言葉にヤズムは固まった。
構わずにドノバンは話を続ける。
「だから、これも何かの縁ってやつだ。 ヤッさん! こっちに来て俺らと海賊をやろう!!
何をしているのか知らないが、こんなところに1人で居ずに、ダカート号に乗らないか?」
[ ふっ…… ]
わ、笑われたーーーーッ!
ヤズムは、ドノバンたちからわざと視線を外し、目を閉じた。
[ 我は、逆のことをお前たちに言おうと思っていた。
……お前たち、海賊なんて とっとと やめてしまえ ]
「なッ!!!!!」
職業を否定されて、反対にダカート号クルーが、あんぐり口を開けて固まった。
「私たちは、海賊をやってるんだ! なぜお前にそんなことを言われなきゃならないんだ!」
ヤズムに反論したのはカーティスだった。それなりに楽しくやっている。今のダカート号には、
海賊をやめようなど思う者は誰もいなかった。
しかし、これが彼らの背中を押す言葉の一つだったのかもしれない。
[ 海賊やめて……宝探しでもしたらどうだ? ]
「なんでそんなこと言うんだい?」
ドノバンを押しのけて前へ出てきたのは、ベルだった。
ヤズムはそっと目を開け、ベルを見た。今日、はじめてまともにヤズムはこちらに顔を向けた。
いかにも邪悪そうな強気な含み笑いをうかべる。
[ お前たちは、我のそばにいても、闇に染まらぬのだな ]
「どこかで、光を求めているのかもしれないね」
[ そうか……。 では、これでお別れだ ]
ヤズムは立ち上がり、遠くを見るような目で前方を見つめた。闇の中に大きな扉が浮かんでいる。
「お別れって……?」
[ 我はもうすぐ最後の戦いに赴く。勝つにしろ、負けるにしろ、もうお前たちには会えないだろう ]
ヤズムはスッと手を挙げた。
ベルのポケットに入っていた指輪が宙に浮き、天井高くを浮遊すると、ヤズムの手の中に落ちた。
細い指で、ゆっくりと呪いの指輪を握り締める。
[ 指輪は我がもらっておこう。 これで終わりだ。 お前たちは我に親切にしてくれた。何か
やれればいいのだが…… ]
「そんなものはいらない! あんた、どこへ行こうとしているんだい!?」
ベルが思わずヤズムに駆け寄ろうとするが、グーリーが彼女の肩をつかんだ。。ヤズムも指輪を
持つ反対の手を掲げていた。「来るな」という合図だ。
[ そうだな。 お前たちの船を導くようなものを……『船の女神』なんてのは、どうだ? ]
「いらないって言ってるだろ!」
ベルが半ば叫ぶように言う。しかし、もうその声はヤズムには届いていないようだった。
しんっと広間が静まり返る。
「……しっ。静かに」
全員が前方の大きな扉に注目した。
複数の足音が……聞こえる。
──誰かがここへ来るッ!!!
ヤズムは、さっと手を振った。巻き起こった風に、全員が吹き飛ばされる。
ヤズムは全員を自分の場所から食堂へと追い返したのだ。
「いてて……」
風で飛ばされて食堂の床や壁に体を打ちつけ、一瞬意識が飛びそうになるものの
全員が一斉に起き上がった。
「おいッ!!」
「ちょっと待て……!!」
いきなりのことに事情が呑み込めない。そんな、いきなり「お別れ」だなんて……!
「扉が……!!」
ベルが扉へ駆け寄った。
開かないッ!!!
ベルは必死で扉を叩き、叫んだ。扉は、固く閉ざされている。
カーティスが針金で鍵穴を探り、ガストンも道具箱を持ってきて扉をこじ開けようとするが、
時間が経つばかりで、扉は開く気配がなかった。
グーリーが拳を固めた。
「みんな離れろ。扉を壊す」
「修理代は気にすることないんだナ!」
グーリーが扉に体当たりを始めた。何度も何度も、船体が大きく揺れる。
そしてついに、
ドカッ!
勢いよく扉が開いた。
「ヤッさん!」
みんなが扉の向こうを覗き込む。
「……」
しかし、扉の向こうは別空間とはつながっていなかった。
海だった。
指輪は、もうないのだ。
そこには月食を終えた満月が、ダカート号を見下ろすように静かに海の上で輝いていた。
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