第0話8
「はじまりの、瞳の扉のその向こう側」



 その翌朝──。
 場所は変わって、ここはポポロクロイス王国。
 昨夜まで闇の力が国中を包み込んでいたが、ピノンたちが闇の精霊ヤズムを倒し、
世界は平和を取り戻していた。
 活気溢れる声が、城下に響く。
 みんなの話題は、闇の力を祓ったピノン王子のことだった。

 そして、ポポロクロイス城。
 朝日が昇り、城の周りの湖が日の光を反射して、ポポロクロイス城は神々しく輝いていた。
闇に覆われていた昨日がまったく嘘のような朝だった。


「エレナを、ここへ呼べーーーーい!!」

「ふぅ……」
 エレナは息を深く吐き、そして姿勢を正すと、ピエトロの玉座のある謁見の間の扉を開けた。
「おはようございます、にいさま。 実に今日は、すがすがしい朝ですね」
 扉の前でにっこり笑い、挨拶をする。ピエトロは手まねきすると、エレナを近くへ来るように呼んだ。
謁見の間にいたのはピエトロ1人で、ナルシアやモーム大臣の姿はない。
「昨日はお疲れ様でした。それにしても、ピノンはここ数日でとてもたくましくなったわ」
「闇の精霊の件は、ひと段落ついた。警戒するにこしたことはないが、しばらくは安心だろう」
「それで。私、なにか怒られるようなことをしたかしら?」
 単刀直入にエレナはピエトロに切り出した。お互いけん制しあっていても仕方がない。
 ピエトロはあごひげを触りながらエレナを睨んだ。
「お前、サボー先生に何を作らせたんだ?」
 う……情報が早いわね。そう思いながらも表情に出さずに、エレナはほほ笑んだ。
「飴よ」
「あめ?」
「そう。お菓子のアメ。『イルカ飴』って言って、レムリア大陸に伝わる伝説のお菓子なの!」
 ……まぁ、ウソは付いていないからOK!
「おいしいのか?」
「まだ食べていないわ」
 ピエトロはほっと胸をなでおろした。
「そうか。なーんだ、お菓子か。私はまた、お前が冒険に出るために、魔法のアイテムでも
 作らせているのかと思ってしまったよ。はっはっはっ!!」

「ふふふ。察しがいいわね、にいさま。私、旅に出ようと思ってるの
「……」
「……」
 沈黙。
 そして、ガバッとピエトロは立ちあがった。
「許さんぞ! お前、また冒険か!?」
「別にいいでしょう! 迷惑をかけるつもりはないわッ!」
「これで何度目だ!! お兄ちゃんは反対だぞ!!」
 
あぁ、また始まった……。だからサボーにも口止めしてもらい、ピエトロには直前まで自分の
旅立ちを言いたくなかったのだ。
 エレナはうんざりしたように額に手をあてた。
「無鉄砲なんだ、エレナは。今までは、私らがお前のピンチに駆け付けたが、
 もしも悪い連中にでも捕まってしまったら、

 あ〜んなこととか、こ〜んなこととかされるかもしれないんだぞ!」
「捕まらないわよ! とにかく私は決めたの。出発日時は追って
 連絡いたします」

 そうピシャリと言うエレナ。2人はしばらく睨みあっていた。
「よしわかった」
 しばらくして、ピエトロがうなづいた。
「本当? さすが にいさま、話が早いわ」
「城の兵士を護衛に10人ほど一緒に連れて行け。そして3日以内に戻るように。
 それだったら旅を許可する」

「冗談じゃないわよ! 
  私は遠足に行くんじゃないのよ! ひとりで行きますッ!!」

 朝も早くから、2人の言い合いがポポロクロイス城に響く響く。
 大声を聞きつけて、その場に現れたのはナルシアだった。ナルシアは仲裁に入るべく、
小走りで2人の間に割って入った。
「もう、2人とも、やめてちょうだい!!」
「ナル〜。あのね、にいさまがね、エレのこと怒るの〜」
   
 「あっ! こら、エレナ! 甘えた声を出してナルシアの同情を引くんじゃないッ!!」
「もう、あなたたちの声が城中に丸聞こえよ。兄妹ゲンカに、下の階でみんなが笑っているわよ」
 ナルシアにそう言われ、2人は顔を赤くした。
 次に、眠そうに眼をこすりながら謁見の間に入ってきたのはピノンだった。
「おはよございます、お父さん、お母さん。 あ、エレナおばさんもいるぅ」
 ビシッ
 兄に旅を反対され不機嫌なエレナは、ピノンのおでこをデコピンした。ピノンは一発で目が
覚めたようで、慌てて訂正した。
「お、おはようございます。エレナおねえさん!」
「おはよう、ピノン。昨日はは大変だったわね。もう大丈夫なの?」
「うん、ボクは平気だよ」
 ピノンはうなづくと、ピエトロに向き合った。
「ピノン、起きたか。さっそくだが、私をポポロクロイス海岸に案内してくれないか」
「うん」
 ピエトロは、ピノンと海岸へ行く約束を昨夜していた。闇の精霊との戦いのことをピノンから
聞きたかったのだ。何が起こったのかを──。
「何かあるかもしれないわ。気をつけて」
 ナルシアが心配そうにピエトロに声をかけた。彼女は海に近づけないのだ。
「あぁ、すぐ戻る。 それから、エレナ。さっきの話は戻ってきてからゆっくりすることにしよう」
「待って、私も一緒に行くわ」
 エレナの言葉に、ピエトロは驚いて顔をあげた。
「ついてくるのか?」
「いいわよね。 じゃ、海岸まで馬に乗って行きましょう」
「わー。 ボク、エレナおねーさんの馬に乗るーーー!」
「ふふふ。行きましょう、ピノン」
 エレナはピノンの手を握ると、仲良く謁見の間を出て行った。呆然と見送るピエトロとナルシア。
ピエトロは、大きく溜息をついた。
「エレナがまた旅に出ると言っているんだ。ナルシアからもビシッと言ってやってくれないか」
「まぁ」
 そう声をあげたものの、ナルシアはさほど驚いている様子ではなかった。
「ピエトロ。彼女の背中を押してあげなさい。いつまでも子供じゃないのよ」
「……」
 ピエトロはナルシアの言葉に返事はせず、エレナとピノンの後を追い、ポポロクロイス海岸へと
向かった。





    「こっちだよーーーーーー!!」


 ピノンに案内され、ピエトロとエレナは海岸を歩いていた。
「ボク、ここで昨日、ルナとマルコと一緒に、闇の精霊と戦ったんだ!」
 ピノンはどこか寂しげにピエトロに話して聞かせた。
 友達とともに闇の精霊を討ち破ったこと。そして、友達を失ってしまったこと。
 なんとなくついてきたエレナだったが、ピノンの数日間の冒険を聞いて、彼の成長に正直
驚いていた。
 ピノンは強いな、と、そう思う。
 それに比べて私がやっていることは、単なるワガママだ。そんなことを思い、首を振った。
 その時だった。

 キラリッ

 エレナの足元で何かが光ったのだ。
「あら、なにかしら?」
「どうした、エレナ」
 ピエトロが振り返り、声をかける。
「なんでもないわ。先に行っててちょうだい」
 ピエトロは、エレナの言葉にうなづくとピノンと一緒に海岸を先へと歩き始めた。それを確認
すると、エレナは、波打ち際に落ちているものを拾い上げた。
 コルク栓のされたビンだった。中に紙が入っている。
 エレナは、何か掻き立てられるようなものを感じ、その場でビンの蓋を開けた。紙を取り出そうと
するが、先に出てきたのは1つの金色の指輪だった。
「……指輪?」
 エレナが親指と中指で指輪をつまみあげた途端、指輪はまばゆい光を放ち、彼女の目の前で
灰になって消えたのだ。灰が潮風にのって、浜辺に流れていく。
「びっくりした……なんなの?」
 次にエレナはビンから紙を取り出し、広げた。どこか遠いところからたどり着いた誰かからの
手紙かと思いきや、それは、今にも破れそうなボロボロの地図だった。かなり古いものである。
 しばらく地図を食い入るように見つめていたエレナは、やがて顔をあげた。
 その視線の先に広がるのは、大海原──!!
「どうしたんだ、エレナ」
 ボーッと突っ立っていたエレナのもとに、心配してピエトロが寄ってきていた。エレナは、水平線
から視線をピエトロへと移した。
「にいさま。 私、やっぱり旅立つわ」




popolo
                            「……止めてもムダのようだな」

「私、海へ行く! 黙っていたんだけど、パーセラでフライヤーヨットの修理を手伝っていたの」
「フライヤーヨット?」
 昔、自身が乗っていた船の名を出され、ピエトロは驚いた。数々の冒険をしてきたフライヤー
ヨットに今度はエレナが乗り込むというのだ。
「もう荷物は大方乗せたわ。後は、私が乗り込むだけ」
「そうか……。それで、いつ出発するんだ?」
「えぇ、今すぐ」
「そうか、今すぐか…………って、今すぐぅ!?」
「あのね、にいさま、日の国には、こういう言葉があるのよ。『思い立ったが吉日』ってね、
 今が私の旅立ちの時よ!」
 ガバッ 
エレナはピエトロに抱きついた。
 
「お、おい……エレナ」
「私、行ってくる!」
「見送りはしないぞ。ここでお別れだ」
「えぇ、ありがとう。大好き、にいさま♪ それじゃ!」
 最高の笑顔でエレナはピエトロから離れると、すぐに踵を返し、走り出した。とめていた馬に
またがり、さっそうと海岸を後にする。
「おばさん、行っちゃったね……」
 いつの間にか隣に立っていたピノンが、呆れたように呟いた。ピノンも、エレナの旅立ちは
何度も経験済みだ。
「あぁ。まったく慌ただしいヤツだ……」
 エレナの消えていった方をずっと見つめ、ピエトロは面白そうに笑った。
「おばさん今度はどれぐらいで帰ってくるの? 一週間ぐらい?」
「いいや。今回はもう少し長くなりそうだ……」
「ねぇ、お父さん、そろそろお城に帰ろう」
 ピノンに手をひかれ、ピエトロはうなづいた。
「そうだな。あ、そうだ、ピノン。朝ごはんがまだだろう。城下で食べていくか!」
 ピノンの目がキラキラと輝いた。
「わーい。ボク、すごくおいしいパン屋さんを知ってるんだ。お父さんにも食べてもらいたいな」
「そうか、それじゃあ、そこに行くか!!」
 ピノンと一緒に海岸を歩きながら、ピエトロはふと懐に手をやった。
「……」
 立ち止まる。
「どうしたの、お父さん?」
 ピノンも立ち止まり、ピエトロを振り返る。
 ピエトロの顔がさっと青くなった。ペタペタと、自分の体のあちこちを触る。
「ない、ないない!!」
「なにが?」
「財布が! 財布がなくなっている! 新作のお土産を買うために、たくさんお金を入れておいた
 のに、財布がないっ!」
 はっと、ピエトロは気がついた。
 つい5分前、エレナが、自分に抱きついてきたことを思い出したのだ!!

  
「えぇ、ありがとう。大好き、にいさま♪ それじゃ!」

「く……、あの時か。こら、エレナーーーーーーーッ!!!!」
 エレナの素早さは半端じゃない。
 ピエトロの叫びが、ポポロクロイス海岸に響いた。


 そして、エレナの冒険が今、始まる──。


 

    

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