第10話4
「日の国は今日も雨だった」




 ドノバンたちと別れたエレナはとぼとぼと、殿の後ろを歩いていた。殿は上機嫌のようで、
フンフン♪と鼻歌を歌っている。
 城の中に入ることなく、城壁沿いに、どうやら うぐいす城の裏手にまわるようだ。
「ここらの石畳はよく滑るから気をつけるでおじゃるよ」
 と、そう忠告した殿がいきなりステーンッと豪快に転んで、エレナは手を差し出し彼を起こした。
体を起こしながら、エレナは前方に小さな船着き場があるのに気付いた。小舟が用意されている。
 エレナの顔が少し曇った。
「あの……どちらへ行かれるのですか?」
「『龍のほこら』でおじゃる」
 殿が指差す先、霧の向こうにうっすらと島が見えた。あそこに行くらしい。
「りゅうの……ほこら、ですか」
「エレナ殿ーーーーーーー!!」
 背後からの呼び声にエレナは振り返った。鬼面童子がこちらに走ってくる。
 そして、殿と同じく石畳の上でステーンッと豪快に転んだ。エレナが思わず目を閉じる。
 殿はプンプン怒って鬼面童子を怒鳴りつけた。
「雨で滑るから気をつけるでおじゃる。 札を立てておけ!」
「申し訳ございません。あの、殿はいまからどちらへ?」
「うむ。 ちと『龍のほこら』へ行ってくる。 鬼面童子、そなた、護衛をするでおじゃる」
「ははっ」
 鬼面童子が深々と頭を下げたので、慌ててエレナは間に入った。
「舟は私が漕ぎますし、私が殿の護衛もします。 2人で『龍のほこら』に行ってきます」
「2人で行かれるでござるか!?」
「おっ、デートでおじゃるな」
 ポッと殿が白塗りの顔を赤くする。エレナはうんざりした目で殿を睨む。
「しかし、エレナ殿。あそこは今やモンスターの巣窟。護衛が必要でござる」
「大丈夫よ。私、めちゃくちゃ強いから」
 ドーンと強気でエレナはほほ笑んだ。それから殿に気づかれないように鬼面童子の耳元に
ささやく。
「鬼面童子さんは、ドノバンたちをお願いします。あなたにしかお願い出来なくて。逃がしてやって
 くれませんか?」
 鬼面童子はエレナの気持ちを察したようで、大きくうなづいた。
「わかったでござる。 それでは、殿のこと、よろしく頼むでござる」
 エレナは目で鬼面童子に御礼を言うと、殿に向き合った。
「さぁ、殿。 出発しましょう。そのデートとやらに」
 そしてエレナは殿を舟に乗せ、龍のほこらへと向かった。




 ──龍のほこら。

 ポポロクロイスにも裏手の風車小屋の地下通路から竜のほこらに行ける。この日の国にも
龍のほこら なるものが存在していることにエレナは驚いた。ポポロクロイスの竜のほこらにも
モンスターが出たが、日の国の龍のほこらもモンスターでいっぱいだった。
「エレナ殿〜、ちょっと歩くのが早いでおじゃるよ〜」
 ぜいぜいと息をしている殿が追い付いてくるまでエレナは立ち止って待った。剣を右手に握り
しめ、辺りの気配にうかがう。
 連れてこられた龍のほこらは、深い洞窟になっており、しんっと静まり返っていた。
「エレナ殿は強いでおじゃる」
 ふぅと殿は息を吐いた。家来が束になってかかっても敵わないかもしれないと思う。
 鬼面童子の言葉通り、洞窟内はモンスターが多く、何度も襲われたが、エレナが次々とそれを
蹴散らしていった。 エレナに恐れをなしたのか、まだモンスターの気配はあるものの、襲ってくる
気配はない。
「あの、腰が痛いのでちょっと休憩を……」
「先を急ぎましょう。早く帰らないとお城の方も心配されるでしょう?」

「そんな可愛くない性格だと、男に嫌われるでおじゃるよ?」

       ピシッ

 エレナは無表情で殿を振り返った。
「すみません、帰ります。殿はモンスターとでも暮らしてください。さようなら」
 棒読みでそう言うエレナに殿は抱きついた。こんなところで1人にされたら死んでしまう。
「ま、待つでおじゃる。 冗談、冗談! 目的地は、すぐそこでおじゃる」
 殿が指差した方角をエレナが目で追う。
 そこには小さな祭壇があった。奥には社が建てられている。モンスターが襲ってこなくなった
のは、エレナに恐れてではなく、神聖なこの場所に入れないからだとエレナは分かった。
「ここは……?」
「ここにエレナ殿を連れてきたかったでおじゃる」
「デートにしては、湿ってカビ臭くて薄暗い場所ですね」
 エレナはめいっぱい嫌味を言った。しかし、殿はそんなの気にしなーい。
 殿は扇子をぱっと広げて、口元にあてた。
「ここには、昔、水龍が住んでいたでおじゃる。死んでしまって、もうおらぬがな。
 モンスターを駆除し、ここに御殿を建てて、今度はエレナ殿が住むといい」
「……!」
 エレナを見る殿の細い目に、事の企みのすべてをエレナは理解した。
「もしかして……私を?」
  
           
「『側室』というのは嘘でおじゃる。ただ、エレナ殿はこの国に残ってくれれば、それで
 良いのでおじゃる」
 エレナは胸に手を当て、叫んだ。

「冗談じゃないわ! 
     私は水龍のかわりなんてやらないわよッ!」


 気付くべきだった。
 港で『ピエトロの妹か』と確認された時、そして城へ招待しようと言われた時、怪しいと気付く
べきだった。
 エレナに流れる竜の血を、殿は狙っていたのだ。
 侮っていた、この殿。ただのバカッ殿じゃない!
 殿は口元に扇子をあてたままだ。その目は笑っていなかった。
「この国は水龍が死んでからというもの、雨がやむことなく降り続けている。作物もうまく育たず、
 水害も増す一方──。この国にはお主が、『竜の守り』が必要なのじゃ」
「お断りしますッ!」
 声を張り上げるエレナに、殿は扇子を持つ反対の手に持つものをちらつかせた。
 牢屋の鍵だ。
「牢に捕えてある者たちがどうなっても良いでおじゃるか? この鍵でしか牢は開かないで
 おじゃるよ♪」
「ちょ……卑怯よッ!!」
「なんとでも言うでおじゃる。余も上に立つ者として、イタイのでおじゃる。一国の姫ならばわかるで
 あろう、国民の苦しむ姿を見て何も思わないでおじゃるか?」
「……」
 エレナは黙った。
 自分なら、自分がこの国を守る竜となれば、雨はやむのだろうか──。
「余が言いたかったのはそれだけでおじゃる。では、うぐいす城に帰るでおじゃるよ」
 殿は扇子を閉じると、いつものヘラヘラした笑い顔をエレナに向け、踵を返した。もと来た道を歩き
始める。
 殿の背中を見つめ、エレナは唇をかみしめた。
「私は……」 
 再び、社を振り返る。

 その時だった。
 エレナの中に誰かの声が響いた。




「竜と人の子よ、世界に危機が迫っている。

ポポロクロイスへ戻るのだ……」



 


    

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