第10話7
「日の国は今日も雨だった」





 ダダダダダッ……!

「ボスーーーーーーー!!
    お迎えに参りましたーーーーーーーーーーーッ!!!」


   スパーーーーンッ!!

 ドノバンたちは豪快にふすまを開けた!!

「……って、ボスーーーーーーーーーーッ!?」
「殿ーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?」

 しーん……
 
「あら、みんな。どうしたの?」
 ケロリとした顔でエレナがドノバンたちを振り返る。
「ボ、ボスこそ、殿に襲われて正当防衛ですか!?」
「へ?」
 殿が畳の上に倒れているのを見て、エレナは慌てて手を離し、弁解した。
「あ、えぇ、私、畳の上に立つと、どうしても一本背負いをしたくなってしまうのよ! みんな
 私に近づかないほうがいいわ」
  YAWARAかーい!
 ドノバンが大きく咳払いをし、話を元に戻した。
「とにかくご無事でなにより。すぐに出航出来るようおやっさんたちが先に船へ戻っています。
 我々も行きましょう」
「えぇ」
「拙者は、殿の手当てをするので、ここでお別れさせて欲しいでござる」
 鬼面童子はエレナたちに頭を下げると、ノックアウトの殿の前にかがみ込んだ。どこまでも
忠実な人だ。こんな家来がいて殿は幸せ者だなとエレナは思う。
「すみません、鬼面童子さん」
「いや、こちらこそ、すまなかった。追手が回る前に早く行くでござる。忍びが動き出すと厄介……」
 そう言いながら鬼面童子は、はっと目を見開けた。
「あー! しまった! お主らの船に残っている者を捕えにムサシ殿が行ってるでござる」
 慌てる鬼面童子だが、ドノバンたちはいたって平然であった。
「あぁ。残ってるのはランバートだし大丈夫だろ」
「いやムサシ殿は半端なく強いでござる」
 ドノバンは手を振った。
「大丈夫、大丈夫。うちのランバートは海賊時代は最強だった。心配なのは、その忍びのほうだ」
「……ならいいでござるが。抜け道を教えるので、港まで気をつけて行くでござる」

 そしてエレナたちはうぐいす城を逃げるように後にした。






 そして、ダカート号では。

   
「ふっふっふっ……。もうお終いですか?」
 甲板では、ランバートが勝ち誇った笑みを浮かべていた。ムサシ以外の忍びが甲板に
倒れている。
 なんなんだ、こいつ強ぇぇぇぇぇ!!!
 部下をボッコボコにされて、ムサシは息をのんだ。こんな強敵、実に久しぶりだ。

「まさか俺の出番が来るとはな。本気を出したほうがいいようだな……」
 ムサシが背中の刀を抜いた。腰を低くし、刀先をランバートに向ける。
     

 ランバートも態勢を整える。 お互いの強さが分かるのか、両者とも動こうとしない。

 ……と、そこへ帰ってきたのは、ダカート号をすぐに動かせるように先に戻ってきたガストン、
アイナ、そしてモンバにビリーとトードだった。
「ん? なーにやっとんじゃ、お前」
 ガストンが対峙する2人を見つけて、ランバートに声をかけた。
「もうすぐ出航するぞ。 手っ取り早くそこを片づけて、出航準備を手伝ってくれ」
 そう言うと、ガストンはアイナを連れてさっさと機関室へ降りて行った。モンバたちも帆を張るために
走り回っている。忙しそうに作業が行われる中、ランバートとムサシはしばらく睨みあっていたが、
先に折れたのはムサシのほうだった。
「あー、やめやめ。 これって、お前を捕まえる意味なくなったんじゃね?」
 ムサシは刀をしまった。
「どうやらそのようですね」
 ランバートも気を緩めた。
「お前らさっさと起きろ! 帰るぞ。 ランバートとやら、悪かったな。 じゃ!」
 ムサシは、まだのびている部下を蹴り、無理やり起こすと、さっとその場を後にした。
「なんだったんでしょうね……」
 ランバートは、戦えなかったことがちょっと残念そうに、忍びたちを見送った。




 しばらくして、エレナたちもダカート号に戻ってきた。
「おかえりなさい、ボス」
 ランバートが出迎え、雨で濡れている全員にタオルを差し出す。
「まぁ、ランバート。あなた、忍びに襲われたんでしょう? 大丈夫だったの?」
「全然問題ありませんでしたよ」
 涼しい顔で答えるランバートに、エレナは安心した。
「おい、出航準備のほうはどうだ!?」
 ドノバンが伝声管に怒鳴り状況を確認する。すぐに機関室からOKの声が上がり、全員が持ち場に
ついた。エドガーが舵を握る。
「それじゃ、出航よッ!!」
「アイアイサー!」
 ダカート号がゆっくりと港を離れていく。

「ま、待つでおじゃるッ!!」

 その声にエレナは振り返った。
 なんとそれは鬼面童子におんぶされて走ってやってきた殿だった。気絶から復活したのが早かった
ため、かろうじてダカート号の出航に間に合った殿は、手を振り、めいっぱい叫んだ。
「この国のすべてをそなたに与えよう」
 その言葉にエレナは目を細めた。
「だからこの国の龍に……」
「お断りしますッ!」
 キッパリとエレナは言った。
  
「殿。竜がいるから国が豊かになるのではありません。私はその逆だと思っています。竜は住み
 たいと思う場所に住み、その土地を見守っていくのです。この国が良き国となれば、おのずと
 新たな竜がやってくることでしょう。それは他の竜かもしれないし、もしかしたら私かもしれませ
 んね。 では……それまでごきげんよう。殿」
 そう言うとエレナは日の国に背を向けた。

 

 遠ざかるダカート号を殿と鬼面童子はずっと水平線の彼方に消えるまで眺めていた。
 殿は懐から扇子を取り出すと、口元にあてた。
「よし、鬼面童子。余は決めたぞ」
「はっ。 なんでしょう?」
 鬼面童子が殿の前に膝をつく。
「お主、ポポロクロイスへ今すぐに発て」
「……は?」
「あの娘、気に入ったでおじゃる。龍とか関係なく、本気で側室にするでおじゃるよ。すぐに
 ピエトロ王に連絡しに行って来い、ほれ、すぐにでおじゃるよ!」

「えっええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」






「……というわけでござる」
 鬼面童子は、ナルシアに自分がポポロクロイス城を訪れたいきさつを話し終えた。

 城の中庭は、すべての音がなくなってしまったかのように、やけに静かだった。


 



    

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