第11話2
「そして『月の掟の冒険』へ……」


         
 ポポロクロイスへ戻るべきか──    このまま旅を続けるべきか──

 正義感の強いエレナだ。危機が迫っているのなら、当然ポポロクロイスに戻るべきだろう。
でも、半ば兄から逃げるようにして出てきた身。 無鉄砲な冒険の旅に出てはいつも
ピエトロに助けられていた。 だからこそ、兄の目が届かない遠い海に出てきたのだ。
そんな自分がポポロクロイスに戻って何が出来るのだろうか。
 エレナの言った通り、ポポロクロイスにはピエトロがいる。彼は世界を何度も救った英雄だ。
彼がいるのだから、自分がいなくても、きっと大丈夫だ。
 そんな思いと──、ダカート号の仲間への思い。
 次に降り立つ港は、もうバファンの剣の眠る大陸。ハーピエルから命を救ってもらった恩がある
からと船を譲ってもらい、みんなを自分の冒険に巻き込んだのだ。ここまで来て、引き返すなんて
みんなに申し訳ないという気持ち。
 彼女の思いは大きく揺れていた。


「ボス、戻りましょうッ!!」

 そう言ったのはドノバンだった。
 エレナが振り返ると、そこにはみんなの力強い笑顔があった。
「みんな……」
「ボス」
 ランバートが諭すように言う。
「あなたはダカート号のボスです。そして、一国の姫である身。私たちのことを思ってくれる
 のはよくわかります。ですが、姫として国を大切に思う気持ちを大事にしてください」
 それに続くようにアイナが手を挙げる。
「あたい、ボスの国を見てみたーい」
「おいしいお酒はありますか〜?」
「ふふ。すごくいいところよ。お酒もあるわ」
 エレナがよくやく笑顔を見せた。みんながほっと安心する。
「ちょっと様子を見るだけでも安心するんじゃないですか?」
「そうそう! 何もなければまたすぐに出直せばいいんだナ」
「不安な気持ちで航海するよりも、戻ってスッキリするほうがいいですよ」
「はっくしゅん!」
 みんなでエレナに励ましの声をかける中、トードが大きなくしゃみをし、場が凍りついた。

 その時だ。

 ピカッ

 窓の外が光った。

  ゴロゴロゴロゴロ……


 突然の雷。
 エレナは慌てて伝声管に駆け寄った。
「モンバ、モンバ! 大丈夫?」
 真っ先に、マスト上で見張りをしていたモンバに声をかける。
『大丈夫です。おちましたぜ、ボスー』
 すぐにモンバから元気な返事が返ってきた。エレナが胸をなでおろす。
「雷? 位置は?」
『魔の海峡あたりッス』
「不吉ね……」
 エレナはついに決断した。
「いいわ、進路変更! ポポロクロイスへ戻りましょう!」
『い、今からポポロクロイスまでッスか? 全然逆方向ッスよ』
 状況を知らないモンバがエレナに不満をもらす。
「い・い・か・ら! とにかく戻るのよ!」
『りょ、りょーかいッ!』

 ドノバンが大きく手を叩いた。
「よし、エドガー。取舵いっぱい、180度方向転換。全員持ち場につけッ!」
「アイアイサーッ!!」
 元気な返事とともに、みんなが駆け足でエレナの部屋を後にする。

 エレナは心の底からみんなに感謝した。
「ドノバン……ありがとう。 迷惑かけてごめんなさいね」


「とんでもない! 俺たちは『家族』ですぜ、ボス。 お気になさらずに!」
        


 こうして、ダカート号は一路、ポポロクロイスを目指す──。






 メインマスト上でモンバは不満そうな顔で見張りを続けていた。甲板を見下ろすと、
エレナの部屋から出てきたみんなが慌ただしくしている。エレナの部屋に集まったのは、
ポポロクロイスへ行くという話し合いだったのだろうとモンバは思った。
「なーんで、いきなりポポロクロイスへ戻るなんて言うッスかねー。ボスは」

  [ 本当にそうやな、悪い予感しか しーへんし ]

「だ、誰ッスか!?」
 その声にモンバは辺りを見回した。誰もいるはずない。いるはずないのに、今、誰かの声が……。

 ガクンッ

 モンバの体が大きく揺れ、彼は頭を抱えながらその場に膝をついた。






「るんたったー♪」
 エレナの部屋を出たところで、エドガーは舵をめいっぱい切った。大きくダカート号が揺れ、
旋回する。部屋を出た面々は、倒れないように手すりにつかまった。
「カーティス、このまま真っ直ぐ進んでいいですか〜?」
 元気なエドガーがカーティスを振り返る。
「そうだな、とりあえず頼む。風もあるし、帆をはろう」
「よしきた! オレに任せてくれ」
 グーリーが胸をドーンと叩く。
「あたいは食糧を調べてくるよ。出来るだけ港に寄る回数を減らして、早くポポロクロイスに
 つけるようにしなくちゃね」
 ベルが食堂に引き返していく。それを見送りながらダイクがグーリーに声をかけた。
「オイラも見張りに立つんだナ」
「そうですね、私も手が空いています。お手伝いできることがあればやりますよ」
 ランバートの申し出にアイナが彼の服を引っ張った。
「じゃあ、機関室来てよーーッ!! クララの調子が悪くて、このままじゃスピード出せないよ」
 思い出したようにグーリーが手を叩く。
「そうだったな、おやっさんのところに人手を回さないと。おい、トード、お前も行ってくれ」
「……りょーかーい」
 甲板でみんなが打ち合わせしていた時だ。

ピカッ

  ゴロゴロゴロゴロ……



 再び雷鳴が轟き、みんなが耳を押さえた。
 グーリーがマスト上のモンバに声をかける。
「おーい、モンバ! そこは危険だ。 降りてこーい!!」
 しかし、返事がない。グーリーがもう一度大きな声で言うと、ようやくモンバはわかったようで
何も言わずに左手を振った。するするとマストを降りてくる。
「モンバ。お前は機関室に行って、おやっさんの手伝いだ」
「機関室ねぇ……」
 そう呟くとモンバは、アイナを振り返った。
「クララの調子が悪いんは、冷却水の汲み上げポンプの不調によるもの。ベルトを調整すれば
 すぐに直る。 あと、船尾管のとこに海水溜まってるから、それも出しときや」
 ポカーンと聞いていたアイナが、モンバの言葉に思わずうなづく。
「へ? ……あ、うん、わかった!」
「あと、作業中は軍手しなあかんで」
 そう言われ、アイナは顔を赤くした。慌てて左手を隠す。隣にいたランバートがアイナの左腕を
つかんで引っ張り上げた。じたばた暴れるが、ランバートの腕力は想像以上に強い。
「アイナ、火傷してるじゃないですか」
「ちょっと熱いところ触ったの! これぐらい大丈夫だよぉ!」
「ダメですよ。女の子なのに、火傷の痕が残ったらどうするんですか」
 観念したようで、アイナは肩を落とした。大きな目でギロリとモンバを睨む。
「もう〜、誰にも言ってなかったのに! モンバ、なんで知ってるのさ!」
 モンバは得意そうに鼻を鳴らした。
「他にもいろいろ知ってるで。 エドガーが日の国で盗んできた酒の隠し場所に、ダイクの
 へそくりの隠し場所に……」
 
 エドガーとダイクの顔がさっと青くなった。全員の白い目が2人に注がれる。

「ちょっと待ってください!」
 ランバートがその場を静め、そしてモンバに向き直った。

「あなた、モンバじゃないですね。  ……誰ですか?」



 



    

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