第11話3
「そして『月の掟の冒険』へ……」





        

「オレは、ダカート号。この船の意思だ。言いたいことがあって、ちょっとモンバの体を
 借りて出てきた。ボスに話があるから、取り次いでくれ」


「なッ……!?」
(なに言ってんだ、モンバのヤツ……!!)
 甲板にいた一同が絶句する。混乱しているのだろう、みんな言葉が出ないようだ。
 ランバートは落ち着いた様子で状況を判断すると、グーリーを振り返った。
「グーリー、ボスと船長を呼んできてください」
 そして、真っ直ぐにモンバに向き直った。ニコッと不気味に笑う。
「そうですか。 ……では、ダカート号。ボスが来るまで私たちと話をしましょうか」







 急きょポポロクロイスへ向かうことになり、みんなが慌ただしくエレナの部屋を出て行った後、
エレナとドノバンは部屋に残り、机に地図を大きく広げて、現在地とポポロクロイスの場所を
確認していた。
 帰るなんて思っていなかった。エレナは思わず笑みをこぼした。久しぶりの故郷に思いを
馳せる。エレナがポポロクロイスを飛び出して半年余り。こちらから手紙を送ることはあっても、
届くことはない。城のみんなは元気だろうか、なにより兄の顔を久々に見れると思うとうれしかった。
「あのぅ……ボス」
 ドノバンが、エレナに声をかける。そのドノバンの不安そうな口調にエレナは顔を上げた。
「どうしたの?」
「いえ……」
「遠慮なくはっきり言ってちょうだい」
 もじもじしていたドノバンが話を切り出した。
「では、怒られるのを覚悟で言わせていただきますが、我々はポポロクロイスのそばまで行きます
 ので、ボスはそこから小舟で上陸していただけませんか?」
「は?」
 案の定、エレナは怖い顔になり、ドノバンを睨んだ。ドノバンは構わずに話を続ける。
「俺達は元海賊です。海賊旗を下ろし、少し改装したものの、まだ船のいかつさは消えていま
 せん。俺らみたいなガラの悪いヤツらと一緒にお姫様が帰還されたとなったら、ピエトロ王や
 国民が嫌がるでしょう。だからボスは……」

 バンッ!!



 エレナは思いっきり机を叩いた。
「ドノバン!! あなた、それ本気で言ってるんじゃないでしょうね!?」
 ものすごい剣幕で怒鳴られる。やっぱり怒られた! ひぃっとドノバンは手で顔を覆った。今にも
泣きそうだ。怯えるドノバンにエレナはため息をつく。
「大丈夫よ。にいさまも、ポポロクロイスの国民も、みんなを温かく受け入れてくれるわ。あなたた
 ちのせいで私の顔や国全体が悪い印象になることは絶対にないから安心して」
 エレナの言葉にドノバンは涙を流した。彼なりに考えての発言だったが、それもエレナ同様に
杞憂だったらしい。
「ありがとうございます、ボス」
「いいえ、私のほうこそ気を遣わせてしまったようで、ごめんなさいね。でも、心配いらないわ」
 エレナはにっこりほほ笑んだ。
「ヘイ。 それじゃあ俺も仕事に戻ります」
 と、ドノバンが部屋を出ようとした時!!
 
 バンッ!!
 
 ノックもせずに扉を開けて入ってきたのはグーリーだった。
「ボス、船長! 大変だ、すぐに甲板に来てくれ!!」
「どうしたんだ、グーリー?」
「モンバが……。 とにかく来てください!!」
 グーリーが扉を開けたまま甲板へと戻っていく。エレナとドノバンは顔を見合わせると、甲板に
急いだ。






    
「お前らー、昨日の夜、甲板で花火大会したやろッ!! 
 オレの体、木造なのわかるか? 火遊びもたいがいにしんと
 本気で怒るでッ!!」



(((うわ、なんかもうすでに怒ってらっしゃるーーーーッ!!!)))
  

 なんだ、という感じでランバートはため息をついた。
「それがあなたが出てきてまで話したかった用件ですか?」
 ランバートに嫌味っぽく言われ、モンバは手を振った。
「んなわけないやん。 オレが話したいのは、この船の行き先のことや!」
「行き先……ポポロクロイス?」
 そこへ、ようやくエレナとドノバンが甲板へ現れた。
 少し会話が聞こえてきたのだろう、エレナはモンバのところまで黙って歩くと、彼の肩を掴んだ。
「モンバ。 あなたどうしたの、その変な関西弁は!!」
「ボス、ツッコむところはそこじゃないんだナι」
 すかさずダイクがエレナに指摘する。 エレナはモンバの肩を揺さぶった。
「モンバ……。あなた、どこかで頭でも打ったの? 大丈夫?」
 モンバはエレナの手を振り払った。
ちっがーうッ! せやからオレは今、モンバやなくって、ダカート号だって言ってるやん!!
 ちょっとこいつの体を借りとるだけで、用が済んだらすぐに返す」
 エレナがランバートを振り返る。ランバートはお手上げという感じで肩をすくめた。
「病気ではないので、私には処置できませんね」
 やりとりを見ていたドノバンが腕を組んでモンバを睨む。
「ボス。……俺が小さい頃の話ですが、ばあちゃんから『船には魂が宿っている』という話を
 聞いたことがあります」
「あ、それ、あたいも聞いたことあるー! 」
「まぁ、そういう類の話は何度か耳にしたことあるが……」
 みんなに口ぐちにそう言われ、モンバはうれしそうにひざをポンッと叩いた。
「そうそう、それがオレ! まだ信じられんって言うんなら、この船のことなんでも質問してくれ。
 全部答えるから!」
 明るく振る舞う彼に、エレナは眉をひそめた。船に魂が宿ると言われても、エレナにはピンと
こないらしい。
「ボス。彼と少し話しましたが、モンバが知るはずがない海賊時代の話などもすべて知っている
 ところをみると、モンバの体にこの船の魂が宿っていると考えたほうがいいでしょう」
 ランバートの話にエレナは納得したようにうなづいた。疑っていても先には進まない。

「わかったわ。では、ダカート号、あなたの用件を聞きましょう」



「オレはポポロクロイスに行きたくない。
   そのまま予定通り、バファンの剣のある大陸へ向かう」


「なんですって!?」
 船の進路妨害にエレナは声を荒げた。
「ポポロクロイスはヤバイ。行かんほうがいい」
「あなたは何を知っているの? 『世界の危機』って一体なに?」
「何も知らん。ただ、勘が行くなと言うてるんや。ポポロクロイスは嫌な予感がする。きっと何かが
 ある。オレはフライヤーヨットからボスを頼まれた身だ。命に代えてもあんたを守るとフライヤー
 ヨットと約束をしたんや。だから危険が待っている場所にみすみす行かせるわけにはいかへん」
「フライヤーヨット……」
 自分の乗っていた船の名を出されてエレナは戸惑いを隠せなかった。
 フライヤーヨットに乗り一人旅をしていた時、エレナはハーピエルに襲われているダカート号を助け、
この船に乗り込むことになった。フライヤーヨットとは、近くの港で別れを告げた。もしも、フライヤー
ヨットにも魂があって、2隻でそんなやり取りがあったとしてもおかしくはない。
 この船は、もうすぐ訪れる危機に対して警告をしている──。
 エレナはダカート号を睨んだ。
「ごめんなさい、ダカート号。それでも私はポポロクロイスに行くと決めたのよ」
「そうやったら……」
 ダカート号が目を閉じ、パチンと指を鳴らした。
「クララ、止まれ」
 そう言った途端、船体が大きく揺れ、いきなり船が停止したのだ。
「ど、どうしたんだ!?」
 甲板は波の音だけで、エンジンの音がまったく聞こえてこない。
 慌ててアイナが舵輪に備え付けられた伝声管に駆け寄る。
「じーちゃん、じーちゃん! どうしたの!?」
 アイナの呼びかけに、すぐにガストンから応答があった。
『アイナか。 すぐ戻ってこい、いきなりクララが動かなくなったんじゃ!』
「冷却水のポンプのベルトの調子が悪いんだって、じーちゃん確認してみた?」
 先ほど、ダカート号に教えてもらった不調の原因をガストンに伝える。
『いや、そういう問題じゃない……』




『精霊石が……輝きを失ったんじゃ。これはもう、ワシの手に負える問題ではない』


「そんな……ボス、どうしようッ!!」
 アイナが泣きそうな声を出す。 エレナはダカート号を睨んだ。
「ダカート号、あなたがやったのね!?」

「ポポロクロイスへ行かないと言うまで、オレはここを動かんからな!!」



 



    

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