第1話3
「その船の名は、ダカート号ッ!!」


「お待たせしました、船長」
 ランバートは、ようやく自室に戻ってきた。


 飛んでくるのは船長・ドノバンのどなり声。
「遅ぇぞ、ランバートッ! なにやってたんだ?
 まったく、医者が医務室にいなくて、どーするんだッ!!」




「すみません、顔を洗っていたもので」
 たんたんと答えると、ランバートはドノバンの横に座る少女に目をやった。
「おう、このお嬢さんが俺たちを救ってくれたんだ。ちょっと診てやってくれ」
「わかりました」
 男の船乗りに恐れられるハーピエルを倒したのだ。もっと屈強でがっしりした体の
ごっつい女戦士をイメージしていたランバートだったが、予想していたより華奢で
なにより可愛らしい少女が遠慮がちに座っており、ランバートは驚いた。

「私はこの船で医者をつとめておりますランバートです」



 少女はニッコリほほえみ、ランバートを見つめた。
「私はエレナよ」
「このたびはハーピエルに襲われたこの船を救っていただきありがとうございました。
 あなたがいなければ、今頃この船は海の藻屑となっていたことでしょう」
 エレナはケガをした腕を診せるため、ランバートの前にもっていく。
 ほんのかすり傷で、血も出ておらず問題はなさそうだ。
 ランバートはうなずいた。
「腕のほうは大丈夫そうですね。 じゃあ、手のひらをみせてください」
 そう言われて、エレナは慌てて手をひっこめた。
「いえ、こっちの傷はハーピエルとの戦いの傷じゃないわ」
「はい、みせてください!」
 強引にランバートはエレナの手を取った。彼女の両方の手のひらは血で真っ赤に
染まっており、覗き込んだドノバンは思わず一歩退いた。
「ロープの摩擦かなにかですね」
 観念して、エレナはため息をついた。
「この船に出会う前に、変な海流につかまっちゃったのよ。慌てて私の船の向きを
 変えようと頑張ったんだけど、思いっきりロープで手を擦っちゃって、かなり痛かったわ」
 ランバートは手慣れたもので、消毒液でエレナの手をきれに洗い、薬をぬって、
ガーゼをあてがい包帯を巻いていく。

 その様子をみながら、ドノバンは口をひらいた。

「お嬢さん、あんたは俺らの命の恩人だ。どうやら1人で船旅をしているようだが、
 危険も多いことでしょう。よかったら、この船『ダカート号』を使ってくだせぇ」

「えぇッ!?」
 エレナは驚いてドノバンを見上げた。
「でも、そんなこと。迷惑がかかるわ」
「迷惑なんて全〜然ッ! どうせ、この近海をウロウロして暴れてるだけだし。
 お役に立てるなら本望ってもんだ」
 こぶしを握り締めて熱く語るドノバン。
 それに対して、もちろん困った顔を見せるエレナ。
「エレナさんの旅に目的地はあるのですか?」
 静かにランバートがたずねる。
「えぇ……。まぁ、あるといえば、あるけれど……」
「海の男は恩義にゃ厚いですぜ!」
「ぜひ一緒に、おともさせてください」
 エレナは、手に巻かれた包帯を大事そうにさすりながら、しばらく考え、うなづいた。

「私は、もしかしたらこの船に導かれたのかもしれない。なんだか、そう思うの。
 お言葉に甘えてこの船を使わせてもらおうかしら」

「ヘイッ! 喜んで!」
 居酒屋のお兄ちゃんなみに声を張り上げるドノバン。
 エレナはクスクスと笑った。

「でも、1つ条件があるわ」
「ヘイ、なんでしょう?」


「海賊をやめてもらえないかしら? それが私がこの船に乗る条件よ」




「「……へ?」」

ドノバンとランバートは同時に、調子の外れた声をあげた。




    

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